事業承継や会社売却のご相談を受けると、「今すぐではなく、もう少し先の方がよいのではないか」というお話をよくお聞きします。 今期は厳しいが来期は持ち直すはずだ、新製品や新規取引の効果がこれから出てくる、あるいは構造改革の成果が見えてから動きたい、という考え方です。
もちろん、そのお気持ちは自然なものです。 ただ、実務では「もう少し良くなってから」と考えているうちに、かえって選択肢が狭まってしまうこともあります。 大切なのは、待つこと自体の是非ではなく、その待つ時間に実質的な意味があるのか、待つのであれば何を整理し、どのような準備をしておくべきかを見極めることです。
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ポイント
- 「もう少し良くなってから」と考えること自体は自然ですが、そのままでは判断の先送りにもなり得ます。
- 大切なのは、将来の不確実性を自ら引き続き負担するのか、それとも現時点で買手に評価してもらうのかを比較して考えることです。
- 待つのであれば、ただ時間を過ごすのではなく、課題・打ち手・進捗・限界を説明できる状態に整えながら待つことが重要です。
「あと少し待てば」は、どこまでも先送りできてしまう
会社経営では、ある課題が改善したら終わり、ということはほとんどありません。 売上が戻れば次は人材確保が課題になるかもしれませんし、利益率が改善すれば、今度は設備更新や管理体制の強化が必要になるかもしれません。 新製品が立ち上がれば、量産化や品質の安定が次のテーマになることもあります。
つまり、「あと1期見たい」「あと少し改善してから考えたい」という発想は、理屈の上では、いくらでも先へ延ばせてしまいます。 だからこそ、事業承継M&Aによる売却の判断では、完璧な状態を待つことよりも、どの時点で区切りをつけるのが合理的かを見極めることが大切です。
何を比べて「待つ」と判断するのか
待つことに意味があるかどうかは、単純に「業績が上がるかもしれないから」で決まるものではありません。
本来は、この先の改善や成長に伴う不確実性を、自ら負担して成果の実現を待つべきなのか、それとも現時点で説明できることは説明したうえで、その先の不確実性は買手に評価してもらう方が合理的なのか、その比較によって考えるべきものです。
買手は、わからないこと、不確かなこと、不明確なことに対しては、一般に保守的に判断します。 将来の業績や成長余地は、買手にとっても売手にとっても、最終的にはリスクだからです。
その意味で、「待つことに意味がある場合」とは、単に将来が良くなりそうな場合ではありません。 将来の成果を自ら取りに行くリスクと、現時点で買手に評価してもらう場合の保守的な見られ方を比較したうえで、それでもなお自ら待つ方が合理的だといえる場合です。
買手が確認したいのは、改善見込みだけではない
ここで大切なのは、買手が何を判断材料にするかです。
買手が確認したいのは、「今後は良くなるはずだ」という見通しだけではありません。 むしろ、売手自身が、何が課題なのか、その課題に対して何をしてきたのか、あるいは何がまだできていないのか、どのような時間軸で改善を図ってきたのか、どこまでできていて何がなお残っているのか、自社で対応できることは何で、自社だけでは限界があることは何か、こうした点をどこまで整理して説明できるかが重要になります。
課題があること自体は、必ずしもマイナスではありません。 むしろ、課題の所在や対応状況が曖昧なままになっていることの方が、相手にとっては不安要因になりやすいものです。
将来の評価は、将来まで待たなければ反映されないわけではない
ここで誤解してはならないのは、将来の業績や成長可能性を評価してもらうために、必ずしもその将来時点まで待つ必要はない、ということです。
企業価値の評価は、足元実績だけで決まるものではありません。 実際のM&Aでは、将来の事業計画、改善余地、シナジーの可能性なども踏まえて評価が行われます。 ただし、その評価のされ方は一様ではありません。
ある買手は保守的に見るかもしれませんし、別の買手はより前向きに織り込むかもしれません。 その違いは、対象会社の理解度、シナジーの見込み、買手の戦略との適合度、そして将来計画に対する見方によって大きく変わります。
つまり、将来の改善や成長は、実現するまで待たなければ一切評価されないものではありません。 他方で、誰もが同じように前向きに評価してくれるわけでもありません。 だからこそ、売手としては、将来像をどう説明するかに加え、どの相手に見てもらうかが重要になります。

過去にお手伝いした事例から見えること
以前お手伝いした、通信端末向けに用いられる機能性部材を手掛ける製造業の御話でも、この論点は明確に見て取れました。 対象会社は、実績こそまだ乏しかったものの、通信端末の爆発的な成長を反映して急成長を想定した事業計画を描いていました。 一方で、その計画の実現には、供給力の拡大、技術の磨き込み、品質対応などを並行して進める必要があり、将来性がある反面、不確実性も非常に大きい状況でした。
このような案件では、「市場が伸びるのだから、もう少し待てばもっと良くなる」と考えることもできます。 しかし同時に、本当に市場が想定どおりに拡大していくのか(昨今のEV市場なども同様ですね)というリスクや、その成長を取りに行くための投資負担、品質リスク、顧客採用リスク、資金調達負担なども、オーナー側に重くのしかかります。
実際、この御話では、将来計画をどこまで評価に織り込むかで候補先の見方は大きく分かれました。 だからこそ、特定の1社との相対交渉ではなく、複数の候補先に同時並行で打診し、評価や条件を比較できるクローズド・オークション方式を採用、最終段階まで複数企業と交渉を行いました。 その結果、1次入札の時点では優先順位が高くなかった候補先が、デューデリジェンスを経た最終段階で条件を引き上げ、最終的な譲受先になっています。
ここで問うべきなのは、将来性の有無そのものではありません。 その将来性の実現に伴うリスクを、誰が引き受けるのかまで含めて考えることが重要です。
待つかどうかの前に、整理しておきたいこと
「もう少し良くなってから」と考えるオーナーが、まず整理したいのは次のような点です。
- 足元の業績が弱い理由は何か。一時要因なのか、構造要因なのか。
- 改善のために何をしてきたのか、あるいは何がまだできていないのか。
- その効果はいつ、どのような形で表れる見込みなのか。
- 数値や事実で説明できる変化は何か。
- 逆に、自社だけでは解決しにくいボトルネックは何か。
- その先のリスクを、今後も自ら負担するのが合理的か。
これらが整理されていないままでは、「来期は良くなると思う」「今はまだタイミングではない」という判断が、十分な根拠を伴わないままになりやすくなります。 一方で、改善仮説とその進捗が整理されていれば、たとえ足元の数字がまだ途上でも、買手に将来を判断してもらうための土台をつくることができます。
事業承継は、「待つ」か「売る」かの二択ではない
ここまで述べてきたとおり、事業承継の検討は、「今すぐ売るべきか、それとも数年待つべきか」という単純な二択ではありません。
本当に重要なのは、今の時点でどこまで自社の可能性と課題を整理できているか、課題については改善の道筋をどこまで説明できるか、その先のリスクを自ら負担し続けるのが合理的か、それとも、より大きな資本力・信用力・人材基盤を持つ相手に評価・判断してもらい、引き継いでもらう方が合理的か、これを見極めることです。
「もう少し良くなってから」と考えること自体が問題なのではありません。 問題になり得るのは、その言葉が、判断を先送りするための理由になってしまうことです。
待つのであれば、ただ待つのではなく、課題と打ち手を整理し、説明できる状態に整えながら待つことが大切です。 もっとも、実際には、その整理をオーナーお一人や社内だけで進めるのは簡単ではありません。 日々の経営に追われるなかで、課題の構造化、将来計画の見せ方、買手が気にする論点の洗い出しまで行うのは、相応の負荷がかかります。
だからこそ、事業承継を今すぐ実行するかどうかが決まっていない段階でも、まずは外部の専門家と一緒に、自社の課題、改善余地、説明のポイントを整理してみることには意味があります。 M&Aによる承継を選ぶかどうかは、その先に考えればよい話です。 まずは、自社の現状と将来を、第三者に説明できる形に整えること。 それが、「待つこと」に本当に意味を持たせるための第一歩ではないでしょうか。
(注)本記事は一般的な情報提供であり、法務・税務などの個別判断は専門家へご相談ください。