事業売却・子会社売却(カーブアウト)を検討する企業にとって、論点は「買手探し」だけではありません。 切り出しの境界、独立後に回る運用、TSA(移行サービス)、Day1、そしてPMIまでを一連で設計できるかで、条件と実行可能性が大きく変わります。
本記事は、売手となる企業の実務目線で「カーブアウトを成功に近づける全体像」を整理します。 製造業を中心に書いていますが、論点の枠組みは他業種にも応用できます。
結論:カーブアウトの勝敗は「切り出しの設計」と「Day1の成立」でほぼ決まる
- 最初に決めるべきは、何を売るかではなく、どこまでを切り出すか(境界)です。
- 次に、独立後に回る前提(スタンドアローン要件)と、暫定運用(TSA)のスコープ・期限・運用の役割分担を設計します。
- この設計が甘いと、価格のみならず条件面(責任、独占、クロージング条件、TSA条件)で不利になりやすくなります。
この記事で整理するポイント
- カーブアウトの全体プロセス(売手視点の見取り図)
- 最初に固めるべき4点(境界、スタンドアローン、TSA、Day1とPMI)
- 製造業で論点化しやすいワークストリーム(IT、品質、EHS、サプライチェーンなど)
- 売手が押さえるべきチェックリスト(初期からDDまで)
1. カーブアウトとは何か(売手企業の前提整理)
カーブアウトは、企業グループの一部(事業、拠点、子会社、製品ラインなど)を切り出して譲渡する取引です。 取引形態は株式譲渡、事業譲渡、会社分割など複数あり得ますが、売手実務で重要なのは「法形式」よりも「運用として切り分けて自走できるか」です。
| 論点 | 売手が最初に見るべき観点 | 買手が不安に思いやすい点 |
|---|---|---|
| 切り出し境界(Perimeter) | 人、契約、設備、知財、データ、許認可をどこまで含めるか | 境界が曖昧で、後から追加要求や例外が増える |
| 独立運用(Stand-alone) | 切り出し単位で意思決定と運用が回るか(責任者、体制、記録、権限) | 親会社依存が残り、Day1後に回らない |
| TSA(移行サービス) | 何を、いつまで、どの範囲で提供するか、役割分担と対応水準 | TSA期限切れ、独立遅延、追加費用 |
| Day1とPMI | Day1で止めない領域と、独立後に段階移行する領域の切り分け | 現場混乱、手戻り、条件変更 |
2. 売手企業の全体プロセス(見取り図)
取引の型はさまざまですが、売手企業の実務は概ね次のフェーズで進みます。 カーブアウトの場合、フェーズ0とフェーズ5(Day1前後)の設計が結果を左右しやすくなります。
フェーズ別の作業イメージ
- 0売却目的の定義、切り出し境界の一次設計、論点棚卸し
- 1買手候補の設計、初期打診、NDA、一次開示
- 2意向表明、比較環境の設計、基本合意(LOI)と独占条件
- 3DD(Q&A、面談、追加開示)、論点の交通整理
- 4最終契約(価格調整、表明保証、補償、クロージング条件、TSA条件)
- 5Day1、TSA開始、独立完了までのPMI(分離・統合の実行)
3. 最初に固めるべき4点(カーブアウトの設計図)
3.1 切り出し境界(Perimeter)
境界設計は「何を売るか」だけではなく、「売らないが支える要素をどう扱うか」まで含みます。 境界が曖昧だと、DDで例外が増え、条件が不利になりやすくなります。
境界設計で決めるべき項目
- 人キーマン、技能者、間接部門の配置、兼務の解消方針
- 契約顧客、仕入先、物流、保守、委託の移管と同意要否
- 設備工場、ライン、治具、計測器、保全契約、更新計画
- 知財製法、配合、図面、ソフト、改良権、ライセンス条件
- データ設計、製造、品質、購買、出荷、ログの取り扱い
- 許認可操業、危険物、輸出管理などの名義と手続
3.2 スタンドアローン要件(独立して回る前提)
カーブアウトが難しいのは、切り出し単位で「意思決定」と「運用」が回る状態を作る必要があるからです。 ここでいう独立は、理想論の完全分離ではなく、Day1に必要な最小要件と、段階移行の計画が揃っている状態です。
3.3 TSA設計(暫定運用をコントロールする)
TSAは、短期の業務継続には有効ですが、長期化するとコスト増、独立遅延、改善停止につながりやすくなります。 期限、提供範囲、責任分界、SLA(Service Level Agreement:サービス品質保証)、追加費用条件まで含めて、最初から設計対象として扱います。
3.4 Day1とPMI(止めない領域と、後から変える領域)
Day1で「止めないこと」に集中しすぎると、TSA依存が固定化しやすくなります。 Day1に必要な最小機能と、独立後に移行・刷新する本命計画を分けて設計すると、手戻りを減らしやすくなります。
4. 製造業で論点化しやすいワークストリーム(全体像)
製造業のカーブアウトでは、現場が止まるリスクが大きいため、ワークストリームを分けて管理します。 下の一覧は「統合したい(標準・ガバナンス)」と「切り出す(運用主体・権限・記録)」がぶつかりやすい領域です。
| 領域 | 売手が最初にやること | よくある落とし穴 |
|---|---|---|
| IT・データ | ID、基幹、コラボ基盤、セキュリティ、外部連携の依存棚卸し | TSA長期化、権限が切れない、移行手戻り |
| 品質(品証・品管) | QMS、逸脱、変更管理、苦情対応、顧客監査の運用主体を明確化 | 親会社依存が残り、顧客認定が落ちる |
| EHS・許認可 | 名義、責任者、当局対応、緊急時体制の設計 | 移管が間に合わず操業リスク |
| サプライチェーン | 需給、在庫、マスタ、EDI、物流契約の切り出し計画 | 二重入力、納期乱れ、在庫不足 |
| 人事・労務 | キーマン保持、制度差、評価、採用導線の設計 | 離職、技能継承の断絶 |
| 契約・法務 | 同意要否、責任分界、表明保証、補償の設計 | 条件面で譲歩を迫られる、クロージング遅延 |
IT論点は別記事で深掘りしています:製造業カーブアウトM&AのIT論点:Day1と独立後を崩さない進め方
5. 売手企業向けチェックリスト(初期からDDまで)
フェーズ0での必須作業
- 目的なぜ売るのか、譲れない条件は何か
- 境界人・契約・設備・知財・データ・許認可の一次設計
- 独立スタンドアローン要件(Day1必須と段階移行)
- TSA提供範囲と期限、責任分界のたたき台
LOI前後での必須作業
- 比較提出物、期限、評価軸を揃えて比較できる状態
- 独占期間、進捗条件、解除条件を具体化
- 条件DD後に動きやすい論点を洗い出し、先に織り込ませる
- 体制Q&A、面談、社内決裁の導線を作る
DDで揉めやすいポイント(売手側の備え)
- 例外境界の例外を増やさない基準と決裁ルート
- TSA追加要求を想定し、範囲と料金の考え方を用意
- 運用独立後に回る体制を具体化(責任者、教育、記録、権限)
- 条件価格に反映させるのか、補償・特別条項・クロージング条件などで処理するのかを事前に方針化
6. まとめ
カーブアウトは、売却する資産や工場そのものよりも、切り出し後に回る運用を成立させる設計が難所になりやすい取引です。 境界、スタンドアローン要件、TSA、Day1とPMIを一連で設計し、DDでの条件変更余地を最初から減らしておくことで、 価格だけでなく条件面でも不利になりにくい状態を作れます。