仲介とFA(売手FA)の違い

M&Aによる事業承継を検討しはじめた段階で、よく出てくるのが「仲介とFAは何が違うのか」という問いです。 結論から言うと、仲介が悪い、FAが正しいという単純な話ではありません。

売手の立場から見ると、プロセス設計、情報統制、基本合意の握り、独占交渉権の扱いが、結果に影響しやすい論点になります。 本記事では「売手にとって差が出やすいポイント」を、実務目線で整理します。

結論:最大の違いは「立ち位置」と「利益相反の扱い」

  • 仲介は売手・買手の双方から依頼を受けるため、基本的に中立・公平の立場で合意形成を支援します。
  • 売手FAは、売手のみの助言者として、売手の目的(価格・条件・相手の質・リスク低減)に最適化して設計・交渉を支援します。
  • この「どちらの目的に最適化した助言・推進になるか」の違いが、プロセス設計と交渉力の持ち方にそのまま表れます。

※本記事の「仲介」は、両手仲介(仲介者が売手・買手双方に関与し得る形)を前提とします。また、個別の契約条件や担当者の力量により実態は変わります。


この記事で整理するポイント

  • 仲介と売手FAの定義と、売手から見た本質的な違い
  • 差が出やすい3点(プロセス設計・情報統制・基本合意と独占の握り)
  • 仲介でも失敗しにくくするために、売手が押さえるべき実務ポイント
  • どちらが向くかを判断するチェックリスト

整理:仲介と売手FA

契約上の立ち位置と報酬構造で整理すると混乱が減ります。

観点 仲介(両手) 売手FA
契約上の立ち位置 売手・買手の双方に関与し、合意形成を前に進める役割になりやすい 売手のみの助言者として、売手の意思決定と交渉を支援する
報酬の出所 基本的に双方から手数料・報酬を受領(利益相反が内在しやすい) 売手からのみ手数料・報酬を受領
助言の性格 双方の意向の調整役。片側の利益最大化に振り切りにくい 売手利益の最大化を使命とする。売手の目的から逆算して「比較」「開示」「交渉」の設計を作り込みやすい
プロセス設計 柔軟に運用される一方、売手の目的から逆算した比較設計(同条件・同粒度・同タイミング)を一貫して運用できるかは、案件特性や体制により差が出やすい 売手の目的から逆算して、比較のルール、意思決定タイムライン、独占の扱いを事前に設計しやすい
情報統制 買手ごとの個別対応が増えやすく、売手側の負荷と情報のブレ管理が論点になりやすい IM・Q&A・面談設計を売手側で統一し、同条件・同粒度で比較しやすい

※仲介でも高品質な設計・運用は可能です。ここでは「構造上、そうなりやすい点」を中心に整理しています。


差が出やすいポイント(全体像)

ここからは、売手FAが通常まず設計する「成果に直結しやすい3点」を整理します。 仲介(両手)を選ぶ場合でも、同じ3点を売手側の宿題として明文化し、運用できるかで結果が変わりやすくなります。

  • ① 比較環境の設計(同条件・同粒度・同タイミング)
  • ② 情報統制(開示の設計と運用)
  • ③ 基本合意の握りと独占(条件が動く局面への備え)

差が出やすいポイント①:比較環境の設計(同条件・同粒度・同タイミング)

ここでいう比較環境の設計とは、買手探索そのものではなく、 「どの段階で」「何を基準に」「どう比較し」「いつ誰が意思決定するか」を、 売手の目的に沿って整えることです。

売手FAの標準設計(何を決めるか)

  • 評価軸(価格だけでなく、雇用、体制、取引先、表明保証、クロージング条件など)を先に定義します。
  • 買手に求める提出物と粒度(例:一次意向表明、二次提案、最終提案の位置づけ)を設計します。
  • 期限と意思決定タイムラインを設定し、同条件・同粒度・同タイミングで比較できる運用に落とし込みます。
  • 独占交渉権を付与するなら「いつ」「何を満たしたら」「期間はどれくらいか」を、交渉力から逆算して設計します。

設計が崩れると起きやすいこと(売手側の不利益)

  • 買手側から見て選定の基準や締切が不透明になり、検討の優先順位が下がりやすくなります。
  • 条件提示が浅くなり、基本合意時点での「織り込み」の精度が上がりにくくなります。
  • 結果として、基本合意後に論点が増え、DD後の最終交渉で条件が動く余地が大きくなりやすくなります。

仲介(両手)で進める場合の売手側実務チェックポイント

  • 比較のルール提出物・期限・評価軸を事前に定め、買手に見える形で共有できているか(予見可能性を確保し、同条件・同粒度・同タイミングで比較できる状態を作れているか)。
  • 絞り込み条件を言語化し、仲介者と共有できているか(独占交渉権を付与する場合は、付与の条件・期間・進捗条件も含めて整理し、必要に応じて買手候補にも明示できているか)。
  • 例外対応期限延長、追加開示、面談追加、独占延長などの例外が必要になった場合の可否基準と手順を決め、場当たり対応で比較ルールが崩れないようにできているか。

差が出やすいポイント②:情報統制(開示の設計と運用)

情報統制は「秘密保持契約を結ぶこと」ではなく、 「情報をどう出し、どう管理し、どう整合させるか」を運用として回すことです。 ここが弱いと、買手の検討が進まないだけでなく、基本合意後に条件が動く要因が増えやすくなります。

売手FAの標準設計(何を決めるか)

  • IM、データルーム、Q&A、面談の設計を一本化し、買手に渡る情報セットの整合性を担保します。
  • Q&Aは一元管理し、類似質問を統合し、回答粒度と前提を揃えます。
  • 情報開示のゲートを設け、基本合意前に織り込ませる情報と、基本合意後に開示する情報を戦略として整理します。
  • 面談やインタビューは、目的、参加者、質問範囲、持ち帰り事項まで含めて設計し、売手の発信が一貫する状態を作ります。

設計が崩れると起きやすいこと(売手側の不利益)

  • 買手ごとの個別対応が増え、売手側の対応負荷が膨らみやすくなります。
  • 回答が積み上がるほど、論点の整理と整合性の維持が難しくなり、情報のブレや誤解の温床になります。
  • 面談が後追いになると発言の粒度が揃いにくくなり、基本合意後の追加論点や条件変更につながりやすくなります。

仲介(両手)で進める場合の売手側実務チェックポイント

  • Q&A運用統合と回答粒度の統一を「誰が」「どのルールで」行うかを、売手側で先に決めているか(担当者の裁量任せにしない)。
  • 開示ゲート買手ごとの依頼に流されず、開示の順序と範囲を守るための体制(社内決裁の導線を含む)を用意できているか。
  • 面談設計都度調整ではなく、目的とアウトプットを定義し、質問の事前回収と議事要旨の統一を徹底できているか。

差が出やすいポイント③:基本合意の握りと独占(条件が動く局面への備え)

基本合意はゴールではなく、DD以降の交渉を左右する「主要条件の枠組み」です。 実務では、DDで新論点が出たときに条件が動く局面が起こり得ます。 重要なのは、動くこと自体をゼロにすることではなく、動く範囲と動かし方を「合意済みの枠内」で扱える状態にしておくことです。

売手FAの標準設計(何を決めるか)

  • 価格と前提を、できるだけ具体化する(価格の考え方、運転資本調整、ネットデット、想定している調整項目など)。
  • 基本合意後に再交渉が起こり得る論点を洗い出し、基本合意前に可能な限り織り込ませる(後出しの余地を減らす)。
  • 条件が動くときの扱いを整理する(価格で動かすのか、補償、エスクロー、特別条項、クロージング条件で処理するのか)。
  • 独占交渉権は「付与の条件」「期間」「進捗条件」「解除条件」をセットで設計し、交渉力の落ち方をコントロールします。

設計が崩れると起きやすいこと(売手側の不利益)

  • 基本合意が抽象的だと、DDで論点が出るたびに価格で調整されやすくなります。
  • 独占が早く・長く・無条件に付与されると、売手の選択肢が減り、交渉力が落ちやすくなります。
  • 結果として、売手が受け身になり、条件変更の主導権を取り戻しにくくなります。

仲介(両手)で進める場合の売手側実務チェックポイント

  • 基本合意必須論点セット(価格の前提、調整の考え方、DD後の条件変更をどこまで認めるか(範囲と条件)、独占条件)を、売手側で持てているか。
  • 独占付与するなら期間を短めにし、進捗条件(DDの着手日、資料提出の期限、ドラフト提示の期限など)を結び付けられているか。
  • 処理方針条件が動く場合の処理方針(価格で動かすか、条項で処理するか)を、社内で先に決められているか。

仲介(両手)で進める場合でも、売手が押さえるべき実務ポイント

ここまで整理した①〜③(比較環境、情報統制、基本合意と独占)を、実務で使える形に整理します。 仲介で進める場合に、売手側で「事前に決めておくべきこと」をチェックリストとしてまとめます。

最低限の確認ポイント(売手側チェック)

  • 比較環境評価軸、提出物、期限、いつ絞るか(独占付与の条件を含む)を明文化し、買手に見える形で共有できているか。
  • 情報統制Q&Aの一元管理、開示ゲート、面談設計(目的・参加者・質問範囲・議事要旨)をルール化し、売手の発信がブレない運用になっているか。
  • 基本合意と独占価格の前提・調整の考え方、DD後の条件変更の扱い(範囲と条件)、独占の条件・期間・進捗条件を具体化できているか。
  • 例外対応期限延長、追加開示、面談追加、独占延長などの例外が必要になった場合の可否基準と手順を決め、都度の場当たり対応で比較ルールが崩れないようにできているか。

※形式の名称(仲介・FA)よりも、上記が「明文化され」「運用され」「責任者が明確」になっているかを重視すると判断しやすくなります。


どちらが向くか:判断のチェックリスト

仲介が向きやすいケース

  • 買手候補または具体的に打診したい相手がほぼ決まっている
  • 争点が少なく、条件が比較的単純
  • 「比較環境」・「情報統制」・「基本合意と独占」の3点について、売手側で最低限は運用できる見込みがある

売手FAが向きやすいケース

  • 最良の相手を探したい(候補先の設計から作りたい)
  • 重視する条件が多い(価格以外にも雇用、ブランド、取引先、体制など論点が多い)
  • 比較環境を作りたい(同条件・同粒度・同タイミングで競争を設計したい)
  • 情報統制を厳格にし、買手の社内説明に耐える構造で進めたい
  • 基本合意以降で条件が動きやすい論点が多い(表明保証、従業員、取引先、許認可など)

よくある誤解

複数の仲介会社に同時に相談すれば、競争が生まれて有利になりますか

競争が生まれることもありますが、設計がないまま並行すると、情報統制が弱くなり、責任の置き場が曖昧になりやすくなります。 結果として、候補先の深掘り、ストーリーの磨き込み、Q&A運用などの重要な作業を、誰も最後までやり切らない状態を招きやすくなります。

関連:複数の仲介会社やFAに並行相談している状態だと、なぜ“誰もやり切らなくなる”のか

専任にすると売手が不利になりませんか

専任か非専任かという形式だけで有利不利は決まりません。 専任は、窓口を一本化して推進力と情報統制を作りやすい一方、その設計(比較のルール、開示運用、意思決定の手順)が弱いと、 結果として買手の検討が深まらず、売手が主導権を持ちにくくなることがあります。

逆に、非専任にすれば自動的に競争が生まれて有利になるわけでもありません。 設計がないまま並行すると、情報統制が弱くなり、責任の置き場が曖昧になり、買手の検討も深まりにくくなります。

重要なのは形式ではなく、①比較のルール(提出物・期限・評価軸)、②独占付与の条件と期間、③DD後の条件変更の扱い(範囲と条件)を事前に明文化し、運用できる状態にすることです。

結局、売手にとって一番大事なのは何ですか

仲介か売手FAかという形式よりも、売手の目的に合わせてプロセスが設計され、 情報統制が運用として回り、基本合意の握りと独占の扱いが交渉力から逆算されているかが重要です。 この3点が揃うほど、売手は比較しながら交渉する状態を長く保ちやすくなります。


まとめ

差が出やすいのは、比較環境(同条件・同粒度・同タイミング)、情報統制(開示の設計と運用)、基本合意の握りと独占(条件が動く局面への備え)の3点です。 売手FAではこれらを設計対象として扱います。 仲介で進める場合も、同じ観点を売手側で明文化し、運用責任を置けるかが分かれ目になります。

M&A・事業承継の進め方で迷う点があれば

状況整理と論点の見える化からご相談いただけます。

M&A・事業承継のこと、お気軽にご相談ください

現状の整理からでも大丈夫です。秘密保持に配慮して対応しますので、まずはお問い合わせください。

お問い合わせ サービスを見る

カテゴリー

アーカイブ