M&Aによる事業承継を検討するうえで、最初に押さえておきたいのが「いつ・何をするのか」という全体の見取り図です。売却の進め方はご相談ごとに異なり、あくまで目安ですが、事前に全体プロセスと山場を把握しておくことで「こんなはずじゃなかった」「もう少しできたのに」という後悔を減らしやすくなります。
この記事では、M&Aにより事業承継を検討される会社オーナー様向けに、一般的なプロセスとスケジュール例を整理します。
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事業承継M&Aの進め方・支援内容、状況整理からの相談窓口は以下です。
全体のスケジュール感
中小企業のM&Aでは、初期検討から最終契約・クロージングまで、全体でおおむね6か月弱〜12か月程度を一つの目安として語られることが多いです(準備状況や論点の重さにより前後します)。
本表は、「複数の買手候補を比較しながら進める」入札形式を想定したスケジュール例です。
| フェーズ | 目安期間 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 0:準備・設計 | 4〜8週間 | 資料・開示方針・比較軸・スケジュールの設計(ここが勝負を決めるといっても過言ではない) |
| 1:初期打診〜一次開示 | 4〜8週間 | NDA、IM配布、一次Q&A、面談準備 |
| 2:意向表明〜基本合意(LOI) | 2〜3週間 | 条件提示の比較、絞り込み(または並走)、基本合意の握り |
| 3:DD(実査) | 1〜2か月 | 買手が前提を検証し、最終オファーの精度を上げる |
| 4:最終契約 | 4〜8週間 | DDの結果を踏まえ、売買価格や表明保証、誓約事項など、取引の根幹となる最終的な法的拘束力のある合意事項を確定させる最終交渉プロセス |
| 5:クロージング | 0〜2か月 | 条件充足・決済・移転手続・対外説明 |
相対交渉と入札で、スケジュールの性格が変わる
相対交渉(特定の相手と交渉)と入札(複数候補へ情報開示し条件提示を受ける)では、時間を要しやすい局面が異なります。相対交渉では、フェーズ0や1が短くなりうる一方、競争条件下における定められた期日・期限のもとでプロセスを厳格に進めるオークションプロセスとの比較で、フェーズ3以降の条件調整や意思決定に時間を要することがあります。
情報開示先が限定される。
そのため情報漏えいリスクは相対的に抑えやすい一方、競争環境が作りづらく、条件が折り合わないと新たな候補先と交渉をやり直すことになり、結果的に時間を要することがあります。
条件比較がしやすい反面、候補が増えるほど、Q&A対応や面談調整などの運用負荷が増えがちです。
関係当事者が飛躍的に増加するため、相対的に情報漏えいリスクが高まります。ここでいう「情報漏えいリスク」は、単に外部へ漏れることだけでなく、従業員の不安の拡大、取引先・金融機関への波及、競合への示唆、買手側社内での情報流通なども含みます。したがって「誰に・いつ・どの粒度まで開示するか」の設計が重要になります(NDAがあっても、リスクがゼロになるわけではありません)。
どちらが優れているという話ではなく、目的と状況に合わせて交渉方法を選択し、交渉プロセスや期間などを設計することが重要です。
フェーズ0:準備・設計(目安:4〜8週間)
このフェーズが最も重要といっても過言ではありません。ここで何を決め、どの品質まで作り込むかが、その後の進み方と着地を左右します。
・会社紹介資料(IM)と、開示方針(どこまで・いつ出すか)
・進め方のルール(選定基準、スケジュール、意思決定の手順)
・事業の見せ方(強み、リスク、成長の描き方)
・数字の見せ方(事業別BS・PL、必要に応じてCF情報などの用意)
IMにどの水準の事業計画を開示するのか、そもそも開示しないのか、開示するなら単一シナリオか、強気・中立・保守的など複数パターンを用意するのかで、買手の評価の土台が変わります。買手のバリュエーションは、過去実績だけでなく「将来の稼ぐ力の見立て」に強く影響されるためです。
この検討に時間を要しがちなのは、資料作成が大変だからというよりも、前提(市場、価格、投資、人員、設備)と、どこまで確度を持って語るか(攻めすぎると信頼を落とす、守りすぎると伸びしろが薄く見える)の意思決定が必要になるからです。ここが甘いと、後工程で説明の整合性が崩れ、交渉上の弱点になりやすい点に注意が必要です。
フェーズ1:初期打診・NDA・一次情報開示(目安:4〜8週間)
候補への打診、NDAの受領、IM配布、一次情報開示、初期のQ&A対応を進めます。候補が複数になるほど、Q&Aの交通整理(窓口、回答期限、回答粒度)をルール化しておくことが効きます。
「次の判断に必要な情報」に絞って買手の検討を前に進める、という考え方は一理あります。たとえば技術オリエンテッドな企業では、初期段階から競争優位の源泉(設計思想、技術・ノウハウの肝、キーマン、顧客や仕入先構成の細部等)を開示すると、相手が競合の場合にはリスクが大きいため、まずは開示範囲を絞りたい、という心理が自然に働きます。
一方で、基本合意(LOI)の時点で、どこまでの情報を前提としたオファーを得るのかは、同時に「価格と条件の安定性」に直結する戦略の問題です。LOI段階で開示していない論点が、DD以降に新たに開示されると、買手側から「当初の前提に入っていなかった事項」として扱われ、条件見直し(価格の調整、表明保証・補償の強化、留保金・エスクローの要請など)の材料になり得ます。
つまり、情報開示は「いつ・何を・誰に・どの粒度で出すか」を設計する戦略です。
・競争優位に直結する情報は、NDAの条項や開示の順番を工夫しつつ、段階的に出す
・一方で、LOIの条件を安定させたい重要論点(後で条件が動きやすい論点)は、可能な範囲でLOI前に織り込ませる
このバランスを、フェーズ0(準備・設計)とセットで決めておくことが、後工程の消耗と不利益を減らすポイントです。
フェーズ2:意向表明と基本合意(LOI)(目安:2〜3週間)
意向表明(一次提案)を受領し、比較し、基本合意(LOI)へ進むフェーズです。ここは可能な限り短く区切り、次工程へ進める「意思決定の区切り」を作ることが肝になります。
・譲渡価格(手取り・支払条件)
・スキーム、資金確度、スケジュール
・重要な前提(何を織り込んだ価格なのか)
・従業員・取引先への考え方、ガバナンス、PMI方針
・相手の熱意や真剣度、真摯な姿勢等
買手側は独占交渉権(排他)を求めることが多い一方で、売手側の交渉力や状況によっては、1社に絞らずに進める(あるいは、絞っていても「絞っていない」見せ方をする)という戦略もあり得ます。重要なのは、可能な限り交渉力を維持する・高めることと、DDの運用負荷(Q&A、面談、資料開示)を回せるかという観点になります。
・DD対応の体制を先に決める(窓口、回答責任者、資料開示担当)
・財務・税務・法務などの質問に、誰が・どの範囲まで答えるかを割り当てる(社内+外部専門家の使い分け)
・資料開示を回す担当(データルーム、資料収集、アップロード、更新管理)を決める
・Q&Aの運用ルール(期限・粒度・面談設定)を決め、買手側DD計画と整合させる
フェーズ3:DD(実査)(目安:1〜2か月)
DDは、買手がLOIで提示した条件の前提を検証し、最終オファーの精度を上げるプロセスです。買手側は、法務・財務・税務等の専門家を並走させ、論点を洗い出します。
・Q&Aを統制し、論点を「契約条項で扱う論点」と「条件に織り込む論点」に仕分けする
・買手からの“条件見直し”が出る場合でも、恣意性が入りにくい落とし方(根拠・代替案・設計)を準備する
・最終契約交渉で争点化しそうな項目(価格の動き方、表明保証・補償、クロージング条件)を前倒しで握りに行く
フェーズ4:最終契約交渉・最終契約締結(目安:4〜8週間)
DDで見えた論点を、最終契約の条項へ落とし込むフェーズです。売手側の関心は大きく2つに整理できます。
・「価格の下がり方」:どういう条件で、どのように価格が動くのか(DDでの判明事項、運転資本・ネット有利子負債、ロックドボックスの是非など)
・「後から出る責任」:表明保証・補償の範囲、上限、期間、手続、例外をどう設計するか
個別条項の知識だけでなく、価格・リスク・スケジュールをまとめて最適化する必要があるため、経験の差が出やすい領域です。
フェーズ5:クロージング準備と実行(目安:0〜2か月)
最終契約で定めたクロージング条件(やるべきタスク)を満たし、代金決済と移転手続を完了させるフェーズです。
・許認可や届出の有無/リードタイム
・主要契約の同意取得(取引先・金融機関等)
・組織再編(会社分割等)が絡む場合の手続
・対外説明(従業員、取引先、金融機関など)の順番と準備
プロセス全体を通してスケジュールが遅延しやすい典型パターン
・フェーズ0(設計)が固まらず、資料の準備が遅延する
・フェーズ1の開示戦略(LOIに何を織り込ませるか)が曖昧で、後工程で買手の条件見直しなどにより交渉がもつれる
・意向表明の比較軸が揃わず、意思決定が難航する
・DDのQ&A運用ルールがなく、質問対応が膨らみ統制できなくなる(両当事者がストレスを抱え、相手に不満を抱く事態になる)
・最終契約で「最終条件」と「責任設計」が最後まで定まらない
・クロージング条件が多く、段取りが後ろ倒しになる
(注)本記事は一般的な情報提供であり、法務・税務などの個別判断は専門家へご相談ください。