カーブアウトの人事・労務論点:Day1と独立後の設計

製造業のカーブアウト(事業切り出し)M&Aでは、Day1に向けて操業を維持しつつ、Day1後に独立企業として人員・制度・運用を自走させる必要があります。

人事・労務は「人の移管」だけではなく、勤怠・給与・社会保険・教育・権限などの運用が一体で動く領域です。切り分けの精度が不足すると、現場の配置や支払事務に影響し離職や採用難などの二次影響も発生します。

本記事では、買手・売手双方の実務目線で、製造業カーブアウトにおける人事・労務の論点を整理します。

人事・労務は「対象範囲」「Day1最小機能」「制度差(退職金・企業年金を含む)」を分けて設計すると安定する

  • 対象範囲拠点・職種・雇用形態・兼務の線引きを明確にし、誰が移るかを確定する。
  • Day1勤怠締め、給与支払、社保手続、現場配置など、止められない最小機能を先に固める。
  • 制度差賃金・評価・福利厚生に加え、退職金・企業年金(確定給付/確定拠出等)の差分を整理し、当面の暫定運用と完成形を分けて設計する。

※カーブアウト全体像はこちらの記事をご参照ください。:「事業売却・カーブアウト」実務ガイド


この記事で整理するポイント

  • カーブアウトで人事・労務がボトルネックになりやすい背景
  • 境界設計(対象範囲・運用主体・人事データ)
  • Day1最小機能(勤怠・給与・社保・現場配置)
  • 待遇・制度差の整理(退職金・企業年金を含む)
  • 買手・売手の確認ポイント(チェックリスト)

1. なぜ製造業のカーブアウトは人事・労務が論点化しやすいのか

製造業では、現場の操業が「人員配置」と「資格・教育」に強く依存します。加えて、交替勤務、深夜・残業、手当設計などが複雑になりやすく、勤怠・給与の運用を止められません。

また、人事・労務は間接機能の中でも、他機能(品質、EHS、IT、経理)と横断的に連携します。境界が曖昧な状態で進めると、責任分界が定まらず、説明・合意形成に時間を要します。

よくある論点(早期に整理する対象)

  • 兼務兼務者・間接部門の線引きが曖昧で、移管対象の合意が遅れる
  • キーマン技能者・監督者の確保が不十分で、操業や品質に影響が出る
  • 制度差賃金・退職関連・企業年金の説明が遅れ、離職リスクが高まる
  • 運用勤怠・給与・社保の運用主体が定まらず、Day1対応が不安定になる

2. 境界設計(対象範囲・運用主体・人事データ)

人事・労務の切り分けは、「誰が移るか」と「どの運用を誰が担うか」、そして「人事データをどう扱うか」をセットで設計します。

観点決めること主な論点典型リスク
対象範囲拠点・職種・雇用形態・兼務の線引き現場配置、間接部門、派遣・請負の扱い、異動計画操業に必要な人員が不足する/移管対象の合意が遅れる
運用主体承認権限、問い合わせ窓口、完了責任勤怠締め、給与計算、社保手続、規程改定、教育計画Day1対応が不安定になる/従業員説明が不十分になる
人事データマスタ・勤怠・給与・教育記録の扱い個人情報、アクセス権限、参照範囲、移行方法情報不足で運用が回らない/監査・統制面の課題が残る

2.1 対象範囲(誰が移るか)を明細で確定する

  • 拠点対象工場、倉庫、関連部門(品質・保全・生産管理等)
  • 職種現場(製造・保全・検査)と間接(総務・人事・経理・IT等)の必要人数
  • 雇用形態正社員、契約社員、パート、派遣、請負の扱い
  • 兼務兼務割合、主従事の判断基準、代替配置の計画

※雇用移管の手続は取引スキーム(事業譲渡/会社分割等)によって工程が変わります。スキーム全体は下記で整理しています:カーブアウトの取引スキーム選択

2.2 運用主体(誰が回すか)を先に決める

  • 承認勤怠締め、時間外承認、休暇承認の権限
  • 窓口従業員問い合わせ(給与・社保・規程)の窓口と回答ルール
  • 評価・処遇評価者、最終承認、昇格・昇給・賞与の決裁、異議申立て窓口
  • 完了社保手続、規程整備、教育実施の完了責任

2.3 人事データ(何を引き継ぐか)を定義する

  • マスタ個人情報、所属、職位、評価、資格、教育履歴
  • 勤怠打刻、シフト、残業、休暇、締め処理、集計ルール
  • 給与基本給、手当、控除、賞与、支払・締日のルール
  • 評価目標、評価結果、評価履歴、昇格・昇給の履歴
  • 権限閲覧・更新権限、委託先のアクセス、ログ管理

※権限設計・データ移行はIT分離と密接に関係します:「カーブアウトのIT分離(DAY1と独立後)」


3. Day1最小機能(止められない業務)

Day1で求められるのは、全制度の完成ではなく、運用の連続性を確保することです。少なくとも、以下が成立する状態を先に作ります。

Day1で成立させる項目

  • 勤怠打刻、シフト、締め、時間外・休暇の承認が回る
  • 給与計算、控除、支払が予定通り実行できる
  • 社保加入・喪失・扶養・各種届出が処理できる
  • 配置現場の責任者・監督者・資格者の配置が成立している
  • 連絡従業員向けの説明資料・FAQ・問い合わせ窓口が用意されている

4. 待遇・制度差の整理(退職金・企業年金を含む)

待遇・制度差は、従業員の意思決定と離職リスクに直結します。差分の棚卸しを行い、当面の運用と完成形を分けて設計します。

差分棚卸し(例)

  • 賃金基本給、各種手当(交替・深夜・技能等)、残業、賞与
  • 評価等級、評価基準、昇給・昇格、評価周期、最終決裁者
  • 退職関連退職金、企業年金(確定給付/確定拠出等)、個人型確定拠出年金(iDeCo)の給与天引き等の運用、拠出条件、移換の扱い
  • 福利厚生住宅、通勤、食事、カフェテリア、持株会、保険
  • 休暇年休、特別休暇、休職、復職ルール
  • 就業就業規則、シフト、36協定、在宅可否

退職関連は、制度の引継ぎ、新設、当面の代替措置のいずれを採用するかで、説明内容とコストが変わります。早期に方針を置くことが重要です。


5. 労使対応・社会保険(工程として落とす)

従業員への説明は、対象範囲の確定と待遇方針を前提に、段取りを組んで実施します。労組・従業員代表がいる場合は、協議や周知の工程も含めてスケジュールに組み込みます。

実務上の確認事項

  • 説明変更点と変更しない点、問い合わせ窓口、個別面談の運用
  • 規程就業規則、賃金規程、退職関連規程、各種申請ルール
  • 社保加入先、手続の担い手、必要書類、締め日・運用の整合
  • 衛生衛生委員会、健康診断、労災対応、産業医などの体制

6. TSA・暫定運用(いつまで何を依存するか)

人事・労務は、給与計算や社保事務などの外部委託を含め、短期的にTSAでつなぐ選択肢が取られることがあります。対象範囲、対応水準、費用、期限、終了条件を明確にし、独立後の運用へ移行する計画を合わせて作ります。

TSAで整理する項目(例)

  • 対象勤怠、給与、社保、採用、研修、規程管理のうち何を含めるか
  • 水準対応時間、締め処理、問い合わせ対応、例外処理の扱い
  • 費用固定費、従量費、追加作業費、延長時の条件
  • 出口終了条件、データ引渡し、移行完了の定義

買手の確認ポイント(最低限)

  • Day1勤怠・給与・社保がDay1から運用できる
  • 配置責任者・監督者・資格者の配置が成立している
  • 制度待遇方針(退職金・企業年金を含む)の説明準備がある
  • データ人事データと権限移行の計画がある

売手の確認ポイント(最低限)

  • 範囲対象者リストと兼務の線引きが明確である
  • 運用Day1までの運用主体と役割分担が決まっている
  • 差分制度差分表(賃金・退職関連・福利厚生等)が準備できている
  • TSA必要な暫定運用の範囲と出口条件が明確である

まとめ

製造業のカーブアウトでは、人事・労務は運用の連続性と従業員コミュニケーションの両面で重要です。対象範囲を明細で確定し、Day1で止められない最小機能(勤怠・給与・社保・配置)を先に固めたうえで、待遇・制度差(退職金・企業年金を含む)を当面の運用と完成形に分けて設計すると、安定した移行につながります。

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