製造業カーブアウトのIT分離:TSA設計・ID/ネットワーク・基幹移行の落とし穴

製造業のカーブアウト(事業切り出し)M&Aでは、Day1に向けて「業務を止めない」ことと、 Day1後に「独立企業として回る」ことを同時に満たす必要があります。

その中でもITは、基幹業務やコミュニケーション基盤が親会社に依存しやすく、 進め方を誤ると、TSA(移行サービス)に長く依存し続けたり、移行の手戻りが大きくなったりしがちです。 本記事では、買手・売手双方の実務目線で「製造業のカーブアウトにおけるIT論点」を整理します。

結論:ITは「移行オプションの選び方」と「Day1設計」で勝敗が決まる

  • 最初に決めるべきは、どの範囲を、どの方式(維持・分離・移行・刷新)で独立させるかです。
  • 次に、Day1に必要な最小機能と、90日以内に確定すべき判断を切り分けます。
  • 製造業では特に、調達・生産・在庫・物流などの基幹領域が移行のボトルネックになりやすい点に注意が必要です。

※品質、EHS、許認可、契約移管、人材なども重要論点ですが、本稿は「IT」に絞って深掘りします。


この記事で整理するポイント

  • カーブアウトでITが詰まりやすい構造
  • 移行オプション(維持・分離・移行・刷新)と、意思決定の評価軸
  • Day1とその後を崩さない、実務の進め方
  • 買手・売手それぞれの確認ポイント(チェックリスト)

1. なぜ製造業のカーブアウトはITで詰まりやすいのか

製造業では、基幹領域(調達・生産・在庫・物流)と周辺領域(品質、保全、設備、文書、帳票)が連動しており、 ひとつのシステムや認証基盤の変更が、複数拠点・複数社の業務に波及します。 そのため、ITは「切る」と決めた瞬間から、技術だけでなく、契約・権限・運用体制の論点が一斉に出てきます。

よくある落とし穴

  • TSA依存親会社環境を使う前提が長引き、独立後の意思決定や投資が遅れる
  • IDと権限メール・ファイル・業務システムの権限が親会社の認証に依存しており、監査や顧客要件に耐えない
  • 基幹移行基幹の移行方式が決まらず、周辺システムやデータ整備が先に進まない
  • 現場混乱並行稼働や二重入力が発生し、現場負荷が高止まりする

2. 移行オプションの整理(維持・分離・移行・刷新)

まずは「何を、どの方式で独立させるか」を選びます。 複数方式の組み合わせが現実的なケースも多く、特に基幹領域は慎重な設計が必要です。

オプション 概要 向きやすい状況 典型リスク
維持(TSA前提) 一定期間、親会社環境を利用して業務を継続する Day1までの時間が短い、当面の業務継続が最優先 TSA期限、独立遅延、運用改善が止まる
分離(複製) 親会社と同等の構成を新会社側に用意し、運用を移す 現行を大きく変えずに独立させたい、標準構成が固まっている 契約分離、運用要員確保、構成差分の手戻り
移行(載せ替え) 既存アプリやデータを新環境へ移す(基幹移行など) 将来の標準環境がある、コストや運用を改善したい 移行品質、並行稼働、データ整合、現場負荷
刷新(置換) 新規システムやSaaSへ入れ替える 現行が老朽化、事業モデルに合わない、改善効果を狙う 要件定義のブレ、導入遅延、業務変更への抵抗

※「どれが正解か」ではなく、Day1とその後の成長を両立する組み合わせを設計します。


3. 意思決定の評価軸(迷ったらこの3つに戻す)

移行方式の議論が発散しやすいときは、評価軸を固定すると収束します。

スピード

  • Day1に必要な機能は何か
  • TSAをどこまで許容するか
  • 契約・人員・インフラの制約は何か

投資額と運用コスト

  • 初期費用だけでなく運用費用を含める
  • ライセンスやサポート条件の再交渉影響
  • 長期のTSAが実質コスト増になるケース

機能改善(将来の伸びしろ)

  • 独立後の業務モデルに合うか
  • 拠点追加や追加買収など拡張に耐えるか
  • 現場負荷を下げる改善につながるか

4. 実務の進め方(Day1とその後を崩さない)

進め方は「現状把握」から入るのが王道です。 ただし調査は網羅ではなく、意思決定に必要な情報を集める設計が重要です。

ステップ設計(例)

  • Step 0対象範囲とゴール定義(Day1要件、独立要件、期限)
  • Step 1現状整理(業務・システム・インフラ・ID・外部連携)
  • Step 2移行オプション評価(評価軸の合意、優先順位づけ)
  • Step 3To-Be方針決定(方式の組み合わせ、段階移行の設計)
  • Step 4移行計画(体制、スケジュール、並行稼働、リハーサル)

Day1を急ぐほど「暫定運用」と「独立後の本命移行」を分けて設計する方が、結果として手戻りが減ります。


5. 典型論点:ここだけは最初に押さえる

5.1 TSA(移行サービス)

TSAは短期の業務継続に有効ですが、長期化すると、意思決定が遅れ、投資が止まり、改善が先送りされます。 期限、提供範囲、運用責任、切替条件を早期に明確化することが重要です。

5.2 ネットワーク・ID・セキュリティ

回線を切り替えるだけでは独立になりません。 認証基盤、権限設計、ログ、端末管理まで含めて「独立企業としての統制」を作る必要があります。

5.3 コラボレーション基盤(メール・Teams・SharePointなど)

メール、ファイル共有、会議・チャット、ID(SSO)が親会社環境に依存しているケースが多く、Day1の業務継続に直結します。代表例が Microsoft 365(Exchange、Teams、SharePoint、OneDrive)で、段階移行・権限再設計・データ移行・運用ルール変更まで含めた設計が必要になります(Google Workspace等でも同様の論点があります)。


買手・売手の実務チェック(最低限)

  • 買手Day1要件は満たせるか。TSA終了後に自走できる設計になっているか。基幹領域の移行方式は現実的か。
  • 売手分離に必要なデータ・契約・権限を提供できるか。TSAの範囲と責任分界を明確にできるか。移行の手戻りが起きない整理ができているか。

6. まとめ

製造業のカーブアウトでは、ITは「後から整える」では間に合わない領域です。 早期に移行オプションを整理し、Day1に必要な最小要件と、独立後に伸ばすための本命移行を分けて設計すると、 手戻りと現場混乱を抑えやすくなります。

M&A・PMI(カーブアウト)で迷う点があれば

状況整理と論点の見える化からご相談いただけます。

当社のご支援範囲(最後に)

  • 当社は、M&Aのソーシングからエクセキューションのアドバイザリー、PMIまで対応可能です。
  • コーポレート・アドバイザリー事業部(M&A)とコンサルティング事業部があるため、ディールとPMIを分断せずに進められます。
  • カーブアウトでは「Day1」と「独立後」の両方を見据えた設計が重要です。初期の論点整理からご相談ください。

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