製造業カーブアウトの品質分離:QMS・顧客認定・変更管理をDay1で止めない進め方

製造業のカーブアウト(事業切り出し)M&Aでは、Day1に向けて「供給を止めない」ことと、Day1後に「独立企業として品質を担保し続ける」ことを同時に満たす必要があります。

その中でも品質(品質保証・品質管理)は、QMS(Quality Management System:品質マネジメントシステム)の運用主体、顧客認定および顧客監査の窓口、変更管理、品質記録とデータの所在がカーブアウト元(売手)の全社共通の仕組みに組み込まれているケースが多く、進め方を誤ると、Day1の操業や契約条件にまで影響しがちです。

本記事では、買手・売手双方の実務目線で「製造業のカーブアウトにおける品質論点」を整理します。

結論:品質は「境界(対象範囲)」「運用主体」「証跡(記録・データ)」をセットで設計すると、Day1が安定する

  • 境界最初に決めるべきは、品質の対象範囲(製品・拠点・工程・委託先)です。
  • 運用主体次に、QMSの運用主体(承認権限、監査対応窓口、是正完了責任)を明確化します。
  • 証跡最後に、品質記録・品質データ・品質システムを「誰が」「どこで」「どの統制で」扱うかを決め、Day1の最小要件と完成形を切り分けます(Day1に完成しているのが望ましいが、制約がある場合は段階設計が有効です)。

※ITの論点は別記事で整理しています:「カーブアウトのIT分離(DAY1と独立後)」


この記事で整理するポイント

  • カーブアウトで品質領域がボトルネックになりやすい理由
  • 境界設計(対象範囲・運用主体・記録とデータ・システム)
  • Day1とその後を崩さない、実務の進め方
  • 買手・売手それぞれの確認ポイント(チェックリスト)

1. なぜ製造業のカーブアウトは品質領域がボトルネックになりやすいのか

品質は、出荷判定、逸脱対応、クレーム対応、変更管理、供給者管理など、日々の操業を成立させる運用そのものです。 停滞すれば供給に直接影響し、顧客監査でも指摘事項になり得ます。結果として、売上・信用への影響が大きい領域です。

製造業では特に、QMSの規程、文書管理、教育、監査、品質データ基盤がカーブアウト元(売手)の共通基盤で回っていることが多く、切り出し単位で自走させる設計が必要になります。

よくある落とし穴

  • 承認権限出荷判定や変更承認が売手側に残り、独立後の意思決定が遅れる
  • 顧客認定顧客側の登録・工場認定・監査窓口が切替できず、取引継続が不安定になる
  • 記録とデータ品質記録が分散し、監査やクレーム時に必要な証跡を迅速に提示できない
  • TSA依存短期の業務継続に有効だが、長期化すると改善と投資が先送りされる

2. 境界設計の整理(対象範囲・運用主体・記録とデータ・システム)

品質の切り分けは「品質部門の人を何名移すか」だけでは不十分です。対象範囲、運用主体、証跡(記録・データ)と仕組み(システム)をセットで設計します。

観点決めること主な論点典型リスク
対象範囲製品・拠点・工程・委託先の範囲対象ロット、外注、試験機関、倉庫、派生品の扱い責任分界が曖昧になり、条件交渉や監査対応が不安定化
運用主体承認権限、窓口、是正完了責任出荷判定、逸脱、是正、変更管理、監査対応の最終責任意思決定が遅れ、顧客説明と是正が滞る
記録とデータ記録の所在と移管方針版管理、保管年限、閲覧・更新権限、監査ログ必要な証跡を提示できない、記録の完全性に疑義が出る
システムどの仕組みで回すか売手のeQMS継続、暫定運用、新環境へ移行、刷新TSA長期化、二重運用、データ整合の再調整

2.1 対象範囲を「製品・拠点・工程・委託先」で確定する

  • 製品:対象製品、派生品、保守品、規格品と特注品
  • 拠点:対象工場、倉庫、検査室、外部試験機関
  • 工程:製造条件、検査仕様、出荷判定、設計変更の関与範囲
  • 委託先:外注加工、サプライヤー、物流、校正先

2.2 QMSの運用主体を明確化する(承認権限と最終責任)

QMSの運用主体とは、「誰が承認し、誰が対外窓口になり、誰が是正を完了させる責任を持つか」です。典型的には以下を機能別に切り分けます。

  • 文書管理規程、手順書、改定、配布、閲覧権限
  • 教育訓練教育体系、資格要件、記録、再教育
  • 逸脱・不適合隔離、判断、記録、是正、効果確認
  • 変更管理影響評価、承認、顧客通知および再承認、記録(4M変更(人・設備・材料・方法)を含む)
  • 供給者品質監査、受入基準、変更通知、品質協定
  • 苦情対応受付窓口、一次回答、原因究明、対外報告
  • 監査内部監査、顧客監査(窓口、資料準備、指摘対応、是正完了責任)

2.3 品質記録・データ・システムは「提示可能性」と「完全性」を基準に区分する

品質記録は、監査やクレーム時に必要な記録を迅速に提示できる状態(提示可能性)と、記録が適切な統制の下で保全されていること(完全性)が重要です。 具体的には、版管理、アクセス権限、監査ログ、改定履歴、保管年限の設計が論点になります。


3. 意思決定の評価軸(迷ったらこの3つに戻す)

品質の議論が発散しやすいときは、評価軸を固定すると収束します。

操業継続(供給を止めない)

  • Day1必須Day1に必須の機能は何か(出荷判定、逸脱、苦情、変更管理)
  • 暫定運用暫定運用を許容する範囲はどこまでか

顧客要件と監査耐性

  • 窓口顧客監査と顧客認定を、誰がどの窓口で対応するか
  • 証跡必要な証跡を提示できるか(記録の所在、閲覧・更新権限、完全性)

移行負荷とコスト

  • TSATSAの範囲と期限は妥当か
  • 二重運用二重運用やデータ移管の再調整が起きない設計か

4. 実務の進め方(Day1とその後を崩さない)

進め方は「現状整理」から入るのが王道です。ただし調査は網羅ではなく、意思決定に必要な情報から優先して深掘りすると、判断が早まります。

ステップ設計(例)

  • Step 0対象範囲とゴール定義(Day1要件、完成形、期限)
  • Step 1現状整理(QMS運用、承認権限、監査窓口、記録とデータの所在)
  • Step 2リスク優先順位づけ(止まると影響が大きい顧客・工程・拠点)
  • Step 3To-Be方針決定(運用主体、仕組み、TSA範囲、移行計画)
  • Step 4リハーサル(出荷判定、逸脱、苦情、変更承認の運用確認)

Day1を急ぐほど、暫定運用(TSAや暫定手順)と独立後の完成形を分けて設計する方が、結果として追加工数と追加コストを抑制できます。


5. 典型論点:ここだけは最初に押さえる

5.1 出荷判定(承認権限と代行ルール)

Day1から出荷判定が回ることが最優先です。承認権限、代行ルール、判定基準の所在を明確にし、売手と買手の責任分界を合意します。

5.2 逸脱・不適合と是正(発生時の判断と完了責任)

逸脱発生時の隔離、一次判断、是正、効果確認を、どの運用主体で回すかを決めます。運用主体が曖昧だと、顧客説明と是正完了が遅れやすくなります。

5.3 変更管理(品質文脈のChange Control)

変更管理とは、材料・部材・サプライヤー、工程条件・設備、検査方法・判定基準、図面・仕様などの変更(4M変更を含む)を、影響評価と承認の下で実施し、必要に応じて顧客通知や再承認まで含めて管理する仕組みです。 境界が曖昧だと、通知漏れや再調整が発生しやすくなります。

5.4 顧客認定と顧客監査(「取引継続の前提」を切り替える)

製造業では、顧客側のサプライヤー登録、工場認定、工程認定、監査合格が「取引継続の前提」になっているケースがあります。カーブアウトでは、名義変更、拠点情報、窓口、証跡の連続性が論点になります。

  • 登録情報顧客側の登録情報(会社名義、工場コード、窓口、請求・物流情報)の切替
  • 監査窓口顧客監査の窓口と、指摘是正の完了責任
  • 証跡提示過去記録の提示可否(どこに保管され、誰が提示できるか)

5.5 品質記録・データ・システム(提示可能性と完全性)

品質記録は「出せること」と「正しいこと」の両方が求められます。監査やクレーム時に必要な記録を迅速に提示できるよう、検索性(分類・索引・保管場所の一本化)を整え、記録の完全性を担保するために、版管理、アクセス権限、監査ログなどの統制を設計します。

5.6 TSA(移行サービス)

TSAは短期の業務継続に有効ですが、長期化すると、意思決定が遅れ、改善と投資が先送りされます。期限、提供範囲、運用責任、切替条件を早期に明確化することが重要です。


買手の実務チェック(最低限)

  • Day1Day1から出荷判定と逸脱対応が回るか
  • 顧客顧客認定と顧客監査の窓口は切替できるか
  • 証跡品質記録を提示できる状態になっているか
  • 自走TSA終了後に自走できる設計になっているか

売手の実務チェック(最低限)

  • 範囲対象範囲(製品・拠点・工程・委託先)を明細で切れているか
  • 分界承認権限と責任分界を合意できるか
  • 提供記録とデータの提供方法を設計できるか
  • 出口TSAの範囲と出口条件を明確にできるか

6. まとめ

製造業のカーブアウトでは、品質は「後から整える」では間に合わない領域です。対象範囲、QMSの運用主体、品質記録・データ・システムの境界を早期に固め、Day1の最小要件と完成形を切り分けて設計すると、操業と顧客要件の両面で安定しやすくなります。

カーブアウトの進め方で迷う点があれば

状況整理と論点の見える化からご相談ください。(関連リンク)

当社のご支援範囲(最後に)

  • 当社は、M&Aのソーシングからエクセキューションのアドバイザリー、PMIまで対応可能です。
  • コーポレート・アドバイザリー事業部(M&A)とコンサルティング事業部があるため、ディールとPMIを分断せずに進められます。
  • カーブアウトでは「Day1」と「独立後」の両方を見据えた設計が重要です。初期の論点整理からご相談ください。
  •      コンサルティング事業部の支援内容

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