基本合意(LOI)の段階で価格に納得していても、DDの進行に伴って最終契約で条件が動くことがあります。売手が感じる不安は、突き詰めると次の2つに集約されます。
・価格が下がる(手取りが減る)
・後から責任が出る(補償や賠償で支払いが生じ、結果として手取りが減る)
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最終契約交渉のポイントは概ね2点に集約される
基本合意の「握り」が曖昧だと、DDの所見を材料に、買手側の裁量が大きい形で最終条件が動くことがあります。売手側から見ると、減額や条件変更が恣意的に見える場面が生まれやすく、これがストレスの源泉になります。
したがって最終契約交渉は、DDで見えたイシューを踏まえつつ、価格や責任が恣意的に動かされないように、調整の条件と手続を詰め、最終契約に明記していくプロセスだと捉えると分かりやすくなります。
価格が下がる(手取りが減る)典型パターン
売手は、価格条件(手取りを含む)に強くこだわるのが自然です。実務でも、留保金、エスクロー、アーンアウトなどの論点は「条件」に見えて、最終的には価格条件(手取り)に帰結することが多いです。
減額の材料になりやすいのは、DDで見つかったイシューが「確定」している場合だけではありません。可能性としてのイシューであっても、買手側がリスクとして織り込み、減額につながることがあります。
例として、未払い残業代の可能性、許認可や重要契約の手続が十分でない可能性、契約上必要な同意が未取得の可能性などが挙げられます。ここでいう「同意未取得」は、取引先との契約に「譲渡や支配権の変更に際して相手方の承諾が必要」といった条項があるにもかかわらず、その承諾手続が未了である可能性などを指します。
留保金やエスクローは、買手側が将来のリスクに備えるために求めることがあります。売手側から見ると、手取りの一部が後ろ倒しになるだけでなく、戻ってこない可能性が残ります。留保の理由、解除条件、手続、留保額の妥当性を詰めておくことが重要です。
アーンアウトは上振れの可能性がある一方、条件設計が弱いと受け取りが不透明になりやすいです。買手が経営を握った後に業績条件の達成可否が決まる構造だと、売手側のコントロールが効きにくくなります。
価格調整を採用する場合は、定義、基準値、計算手続、異議申立てまで含めて曖昧さを残さないことが重要です。曖昧さが残るほど、最終的な手取りがズレやすくなります。
可能性としてのイシューを、どの程度価格に織り込むか、留保や限定的な補償で処理するか、あるいは開示や条件調整で整理するかは、全体を俯瞰した戦略が必要です。ここは、案件全体を見てきた経験のあるアドバイザーと、M&A実務に精通したリーガルアドバイザー(弁護士)が連携して設計することが重要です。売手・買手双方と業務委託契約を締結する仲介者だけでは、利害構造や実務対応の観点から十分な設計が難しい場面がありえます。
後から責任が出る(将来リスク)を増やさない設計
価格が決まっても、表明保証や補償の設計が強すぎると、後から支払いが出て、結果として手取りが減ることがあります。売手側は、将来リスクの「広がり方」を抑える設計が必要です。
表明保証は、売手が会社の状態を保証する条項です。実態とズレた保証が残るほど、後から補償の入口になります。例外事項は開示資料として残し、口頭説明だけにしない運用が重要です。
補償条項は、実務上は設計の中身で売手負担が大きく変わります。上限(キャップ)、免責(ディミニミス、バスケット)、請求期間(税務、労務等で合理的な期間設計)、特別補償(特定イシューだけ別枠にするか)を整理し、必要以上に将来リスクを広げないことが、結果的に手取りを守ることにつながります。
ロックドボックスの考え方(事業承継案件で多い方式)
ロックドボックスは、ある基準日(ロックドボックス日)の財務数値を前提に価格を固定し、クロージングまでの間に会社価値が売手側へ流出しないことを条件に、原則としてクロージング時の価格調整を行わない方式です。非上場の事業承継案件では、実務上採用される場面があります。
この方式で重要なのは、基準日以降の「価値の流出」をどう定義するかです。一般的にはリーケージ(漏れ)として、配当、役員報酬の増額、関連当事者取引、過大な経費精算などを問題にしやすく、例外として許容される支出(許容リーケージ)をどう扱うかがイシューになります。
ロックドボックスは「価格調整をしない代わりに、価値流出の管理が厳しくなる」と捉えると分かりやすいです。定義と例外、検証方法、違反時の補填方法を曖昧にしないことが重要です。
MAC情報とは
MACは Material Adverse Change の略で、一般には「重大な悪影響」などと説明されます。契約締結からクロージングまでの間に、対象会社に重大な悪化が起きた場合に、買手が解除や条件変更を主張できる余地を持つ条項に関する情報を、ここではMAC情報と呼びます。
売手側では、次を確認しておくことが重要です。
・何が重大な悪化に当たるのか(定義)
・一般的な景気変動や業界要因は除外されるか
・解除できるのか、協議義務に留まるのか
まとめ:最終契約は「手取りを守る仕組み」を作る工程
最終契約のイシューは多く見えますが、売手の観点では次の2つに集約できます。
・価格が下がる(手取りが減る)仕組みを減らす
・後から責任が出る(将来リスクで支払いが生じる)範囲を増やしすぎない
基本合意の握りが曖昧だと、DDを材料に条件が動きやすくなります。だからこそ、最終契約ではイシューの処理方針と手続を定義し、恣意性が入りにくい設計にすることが重要です。
(注)本記事は一般的な情報提供であり、法務・税務などの個別判断は専門家へご相談ください。