M&Aでは、基本合意の段階で価格感に納得していても、最終契約の局面で、最終的な受取額やその確定方法が論点になることがあります。
売手がまず気にするのは、企業価値そのものよりも、最終的にいくら受け取れるのかという点です。特に株式譲渡では、企業価値から純有利子負債や運転資本等の調整項目をどのように反映するかによって、株式価値や受取額の考え方が変わります。
この点で実務上よく問題になるのが、ロックドボックス(Locked Box)方式と、価格調整(Closing Accounts)方式の違いです。本記事では、ロックドボックス方式とは何か、価格調整方式と何が違うのか、売手としてどこを確認すべきかを整理します。
ロックドボックス方式とは何か
ロックドボックス(Locked Box)方式とは、一定の基準日時点の財務数値を前提に株式価値を定め、その後は、原則としてその前提を維持する考え方です。
たとえば、基準日を12月末とし、その時点の貸借対照表、純有利子負債、運転資本その他の項目を前提に株式価値を算定したとします。この場合、クロージングが数か月後であっても、価格の基準となる財務状態は基準日時点に置かれます。
したがって、ロックドボックス方式は、単に「価格を固定する」仕組みというより、どの時点の財務状態を価格の基準にするのかを先に確定し、その後の価値移転の扱いを契約で整理する方式と捉えた方が実務に即しています。
価格調整方式との違い
これに対し、価格調整(Closing Accounts)方式では、クロージング時点またはその直前時点の財務状態をもとに、最終的な株式価値を確定させます。
そのため、基本合意や最終契約で価格水準について合意していても、クロージング時点の純有利子負債、運転資本、現預金その他の項目を確認したうえで、最終的な受取額が定まる構成になることがあります。
違いの要点
- ロックドボックス方式は、基準日時点の財務状態を前提に価格の基礎を固める方式
- 価格調整方式は、クロージング時点の財務状態を確認して最終的な受取額を確定させる方式
売手の観点からみると、ロックドボックス方式は、最終的な受取額の見通しを持ちやすい点に特徴があります。他方、価格調整方式は、クロージング時点の実態を反映しやすい一方で、最終的な金額の確定が後ろにずれます。
また、価格調整方式では、実務上、クロージング時点またはその近接時点の純有利子負債や運転資本等を把握するために、クロージングB/Sやそれに準じる数値の作成・検証が必要になります。簡易的な整理で済む場合もありますが、一定の事務負担や専門家コストを伴いやすい点は、ロックドボックス方式との対比で意識しておきたいポイントです。
なお、最終契約交渉全体の論点は、M&Aの最終契約交渉とは?価格調整・補償・ロックドボックスの論点でも整理しています。
ロックドボックス方式でも確認が必要な論点
もっとも、ロックドボックス方式であれば、あとは何も問題にならないというわけではありません。むしろ、基準日後の価値移転をどこまで許容し、どこから補正の対象とするかが重要になります。
リーケージ(Leakage)
リーケージ(Leakage)とは、基準日後に会社の価値が売手側へ流出することをいいます。たとえば、配当、通常性を欠く役員報酬の支払い、売手関係者への不通常な支出、関連当事者取引による価値移転などが問題になりえます。
買手からみると、基準日時点の財務状態を前提に価格を定める以上、その後に会社の価値が外部へ流出するのであれば、その分だけ価格の前提が崩れることになります。そのため、最終契約では、リーケージの範囲と、発生した場合の補填方法を定めるのが通常です。
許容リーケージ(Permitted Leakage)
もっとも、基準日後のすべての支払いが問題になるわけではありません。通常の給与支給、通常の商取引に基づく支払い、事前合意のある特定支出などは、あらかじめ許容される項目として整理されることがあります。これが、許容リーケージ(Permitted Leakage)です。
売手としては、何が許容され、何が許容されないのかを、抽象的な文言のままにしないことが重要です。この整理が曖昧だと、後から「この支出は許容範囲か」という点が争点になりやすくなります。
基準日時点の財務数値の信頼性
ロックドボックス方式では、基準日時点の数値が出発点になります。そのため、月次決算の精度、引当の考え方、在庫評価、未払費用の計上状況などに懸念があると、買手はその数値を前提に価格を定めることに慎重になります。
結果として、契約条件が厳しくなったり、別の保護条項を求められたりすることもあります。売手としては、基準となる財務資料について、後から説明に窮しない状態を作っておくことが重要です。
売手が確認したいポイント
ロックドボックス方式を前向きに検討する場合でも、売手は少なくとも次の点を確認しておきたいところです。
- 基準日が適切か
- リーケージの定義が広すぎないか
- 許容リーケージの範囲が具体的に定められているか
- 基準日時点の財務資料について十分に説明できるか
- ロックドボックス方式であるにもかかわらず、実質的に広い見直し余地が残っていないか
特に最後の点は重要です。形式上はロックドボックス方式とされていても、契約条項をよく見ると、多数の補正要素や例外が置かれ、結果として価格の確定感が薄れていることがあります。名称だけで判断せず、実際にどの範囲まで確定し、どの範囲が後日の論点として残るのかを確認する必要があります。
どのような案件で採用しやすいか
ロックドボックス方式は、すべての案件に適するわけではありません。ただし、次のような場面では採用しやすい傾向があります。
- 月次管理や決算体制が比較的整っており、基準日時点の数値の信頼性を確保しやすい場合
- 売手が最終的な受取額の見通しを重視し、後日の精算負担をできるだけ避けたい場合
- 入札案件などで、候補先ごとの条件比較をしやすくしたい場合
一方、業績変動が大きい案件、運転資本の季節変動が大きい案件、直近数値の精度に課題がある案件では、価格調整方式の方が受け入れられやすいこともあります。
入札プロセス全体との関係は、クローズドオークションとは?進め方と実務上の注意点や、相対交渉とは?オークションとの違いと選び方も併せてご参照ください。
まとめ
ロックドボックス方式とは、基準日時点の財務数値を前提に株式価値を定め、その後の価値移転の扱いを契約で整理する考え方です。売手にとっては、最終的な受取額の見通しを持ちやすい点に特徴があります。
もっとも、重要なのは「固定される」という表面的な説明だけではありません。実務上は、リーケージの範囲、許容リーケージの整理、基準日時点の財務数値の信頼性、実質的な見直し余地の有無まで含めて確認する必要があります。
ロックドボックス方式を検討する際は、価格調整方式との違いを用語として理解するだけでなく、どの時点の財務状態を価格の基準にするのか、どこまでを事前に確定させ、どこからを契約上の管理事項として残すのかという観点から整理することが重要です。
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