M&Aでは、売手と買手の間で対象会社の価格に対する見方が一致しないことがあります。 その際に用いられる方法の一つが、アーンアウト(Earn-out)です。
アーンアウトは、売買対価の一部を単に後払いする仕組みではありません。 クロージング後の業績や事業上の成果に応じて追加対価を支払うことで、取得時点では確定していない将来の成果を最終的な取得対価に反映する方法です。
一方で、アーンアウトを導入すれば価格交渉が解決するとは限りません。 何を条件に追加対価を支払うのか、買収後にその指標を誰がどの程度左右できるのか、追加投資や事業統合をどう扱うのかによっては、新たな利益相反や紛争が生じることもあります。
本記事の対象:
- M&Aの価格交渉でアーンアウトを検討している売手・買手
- 売上高、EBITDA、営業利益等のどの指標を条件にすべきか整理したい企業
- 分割払い・後払いとの違いや、アーンアウト条項で定めるべき事項を確認したい企業
買収価格、DD、契約交渉、PMIを含む買収検討の全体像は、買収・資本提携の実務ガイドで整理しています。
1. M&Aにおけるアーンアウトとは
アーンアウトとは、M&Aの売買対価の一部を、クロージング後の業績や一定の条件の達成状況に応じて追加で支払う仕組みです。
例えば、売手が対象会社の株式価値を12億円と考えている一方、買手は8億円と評価しているとします。 両者の差が将来の成長見通しに対する評価の違いから生じているのであれば、次のような設計が考えられます。
アーンアウトの設計例:
- クロージング時に8億円を支払う
- その後3年間で一定の業績条件を達成した場合、最大4億円を追加で支払う
追加対価の条件には、売上高、EBITDA、営業利益などの財務指標のほか、特定顧客との契約、新製品の上市、薬事承認、開発上のマイルストーンなどが使われる場合もあります。
「何が実現した場合に追加対価を支払うのか」をあらかじめ定め、将来の成果によって最終的な取得対価が変動する点が、アーンアウトの特徴です。
2. なぜM&Aでアーンアウトが使われるのか
M&Aでは、売手はできるだけ高い価格で売却したいと考え、買手はできるだけ低い価格で取得したいと考えるのが通常です。
そのうえで実際の価格交渉では、対象会社が将来どの程度の利益やキャッシュフローを生み出すかについて、売手と買手の見方が異なることがあります。
例えば、対象会社が現在EBITDA1億円を計上しており、売手は「新規顧客との商談が進んでおり、2年後にはEBITDA2億円になる」と考えているとします。
一方、買手から見ると、その顧客との契約はまだ締結されておらず、売上拡大のために追加の人員や設備投資が必要になる可能性もあります。 その場合、買手は、まだ実現していない利益を前提としてクロージング時点でその価値を全額支払うことには慎重になります。
このような企業価値評価の差は、Valuation Gap(評価差)と呼ばれることがあります。 新規顧客の獲得、新製品の成長、技術開発、許認可、シナジーの実現など、将来に関する前提の見方が異なることで価格差が生じます。
アーンアウトでは、そのうち売手と買手の見方が一致していない部分について、「実際に一定の成果が生じた場合には追加対価を支払う」という条件を設定します。
つまり、将来価値について完全に同じ見方になるまで価格交渉を続けるのではなく、その実現状況に応じて最終的な取得対価を決めることで、不確実性を売手と買手の間で分担する方法と考えることができます。
将来の事業計画や不確実性を買収価格へどう反映するかについては、技術・新規事業M&Aの事業性評価でも整理しています。
3. アーンアウトが有効なケース
アーンアウトは、売手と買手の価格目線に差がある場合に有効な選択肢となることがあります。ただし、その差の原因によっては、アーンアウトが適さない場合もあります。
アーンアウトが適しているのは、価格差の原因となっている将来の成果を特定でき、その実現状況を一定期間内に比較的客観的に確認できる案件です。
- 高い成長を前提とする事業について、売手と買手の事業計画に差がある
- 新規顧客との大型契約や新製品の立ち上がりが、今後の業績を大きく左右する
- 医薬品・医療機器等で、承認取得や上市など明確なマイルストーンがある
- 売手経営者やキーパーソンの一定期間の継続関与が、事業価値に影響する
反対に、買収後すぐに対象会社を他の事業と全面的に統合する場合や、事業モデルそのものを大きく変更する場合には、買収前の対象会社を前提とした成果指標が意味を持たなくなることがあります。
したがって、アーンアウトを検討する際には、「価格差があるか」だけでなく、「その価格差を生んでいる将来の成果を、買収後に適切に測定できるか」を確認することが重要です。
4. アーンアウトの条件を何にするか
アーンアウトを設計する際には、追加対価をどの成果に連動させるかを決める必要があります。
売上高、EBITDA、営業利益などの財務指標が使われるほか、案件によっては顧客との契約、製品上市、許認可取得などの非財務指標を条件とすることもあります。
| 指標 | 特徴 | 主な注意点 |
|---|---|---|
| 売上高 | 客観的に把握しやすく、費用配分の影響を受けにくい | 利益を伴わない売上拡大でも条件を達成し得る |
| EBITDA | 事業の収益力を捉えやすい | 費用計上、本社費・共通費の配賦等の影響を受ける |
| 営業利益 | 減価償却等を含む収益性を反映する | 投資方針、会計処理等の影響を受ける |
| 顧客・受注 | 特定の成長仮説と結び付けやすい | 契約成立、解約、売上計上時期等の定義が必要 |
| 承認・上市・開発等 | 特定の事業上の成果を直接条件にできる | 達成条件と判定時点を明確にする必要がある |
重要なのは、どの指標が一般的かではなく、価格差の原因となっている将来の成果と、その指標が対応しているかです。
例えば、企業価値の上振れが新規顧客の獲得に依存しているのであれば、売上高や顧客契約が指標の候補になります。 一方、利益率の改善を含めて将来価値を評価しているのであれば、売上高だけでは十分ではない可能性があります。
指標はできるだけ明確であることが望ましい一方、単純であればよいわけではありません。 何を実現した場合に追加対価を支払うのかという、アーンアウトを設定する目的との対応関係が重要です。
5. 買収後に誰が業績を左右するのか
アーンアウトで最も難しいのは、買収後に誰がその数字を動かせるかという問題です。
100%株式取得であれば、クロージング後の経営権は買手側へ移ります。 一方、売手が受け取る追加対価は、その後の対象会社の業績によって決まります。
つまり、売手は経営権を失った後も、買手の経営判断によって追加対価が左右される可能性があります。
- 人員増強、研究開発、広告宣伝等への追加投資
- 本社費・共通費の配賦方法の変更
- 顧客・販売機能のグループ会社への移管
- 製造機能や組織の統合・再編
ここで重要なのは、こうした判断が必ずしもアーンアウト支払いを減らす目的で行われるわけではないということです。
例えば、買手が5年後の成長を見据えて人員や研究開発への投資を増やせば、中長期的には企業価値を高める可能性がある一方、アーンアウト期間中のEBITDAは低下することがあります。
買手にとって合理的な経営判断と、売手にとって望ましいアーンアウト結果は必ずしも一致しません。
そのため、アーンアウトでは「何を測るか」と同時に、買収後にその数字がどのように形成されるのかを考える必要があります。
買収後の売上・利益・KPIを管理し、買収時の事業計画と実績を比較する考え方は、M&Aで管理会計が重要になる理由、M&Aシナジーの定量化とPMIでも整理しています。
6. 売手・買手にとってのメリットと注意点
| メリット | 主な注意点 | |
|---|---|---|
| 売手 | 将来の成長や事業成果が実現した場合、その価値を追加対価として受け取れる可能性がある | 経営権を失った後の業績や買手の経営判断に、追加対価が左右される可能性がある |
| 買手 | まだ実現していない将来価値について、取得時点で全額を支払わずに済む | アーンアウト期間中の統合、追加投資、組織再編等と追加対価との関係を考慮する必要がある |
アーンアウトは、どちらか一方に有利な仕組みというよりも、将来成果の不確実性を分担する代わりに、クロージング後も一定期間、売手と買手の経済的な関係を残す仕組みと考える方が適切です。
7.アーンアウトと分割払い・段階取得の違い
アーンアウトは「後払い」と説明されることがありますが、単なる分割払いとは異なります。
例えば、売買価格を10億円と確定したうえで、
- クロージング時に7億円
- 1年後に3億円
を無条件で支払うのであれば、支払時期を分けているだけであり、売買価格そのものは10億円で確定しています。
一方、
- クロージング時に7億円
- 翌年度のEBITDAが一定水準以上となった場合に3億円を追加
という条件であれば、将来の成果によって最終的な取得対価そのものが変わります。これがアーンアウトです。
分割払い・後払いは「いつ支払うか」の問題です。
アーンアウトは「将来の成果に応じて、いくら支払うかが変わる」仕組みです。
段階取得との違い
将来価値の不確実性に対応する方法としては、アーンアウトのほかに段階取得を用いることもあります。
例えば、買手が対象会社の株式を最初から100%取得せず、まず80%を取得し、残り20%を一定期間後に取得するような設計です。
この場合、売手は一定期間、対象会社の株主として残り、配当や将来の株式売却価値を通じて、買収後の企業価値に関与します。
一方、アーンアウトでは、売手が株式をすべて譲渡した後でも、一定の業績や事業上の成果に応じて追加対価を受け取ることができます。
| 手法 | 基本的な考え方 | 売手の買収後の立場 |
|---|---|---|
| 分割払い・後払い | 確定した売買対価の支払時期を分ける | 株式譲渡後は原則として株主ではない |
| アーンアウト | 将来の業績や事業上の成果に応じて、最終的な取得対価を変動させる | 株式譲渡後も追加対価を受け取る権利を持つ |
| 段階取得 | 株式取得そのものを複数回に分け、残存持分を後日取得する | 残存持分について一定期間株主として残る |
アーンアウトと段階取得は、将来価値の不確実性を売手と買手の間で分担できるという点では共通しています。 ただし、売手が株主として残るか、議決権や情報権を持つか、将来価値を追加対価として受け取るのか、残存株式の価値として受け取るのかという点で異なります。
そのため、どちらを採用するかは、価格差だけでなく、売手が買収後も経営や株主として関与する必要があるか、買手がどの時点で100%の経営権を取得したいか、といった点も含めて検討する必要があります。
8. アーンアウト条項で定めるべき主な事項
アーンアウトを採用する場合、追加対価の金額や指標だけでなく、その算定方法や買収後の事業運営との関係をできるだけ明確にしておく必要があります。
| 論点 | 主な確認事項 |
|---|---|
| 対象期間 | 何年間をアーンアウト期間とするか |
| 成果指標 | 売上高、EBITDA、営業利益、顧客・受注、マイルストーン等の何を用いるか |
| 算定方法 | 会計方針、一時費用、特殊要因等をどのように扱うか |
| 本社費・共通費 | 対象会社への配賦方法をどのように扱うか |
| グループ内取引 | 取引条件や売上・利益の帰属をどのように扱うか |
| 組織再編 | 統合、事業移管、事業売却等が行われた場合にどのように算定するか |
| 追加投資 | 通常の事業運営を超える投資が行われた場合にどのように扱うか |
| 算定手続 | 誰が算定し、いつ売手へ通知するか |
| 確認・異議 | 売手が確認できる資料、確認期間、異議申立ての方法をどうするか |
| 紛争処理 | 計算方法等について意見が一致しない場合に第三者専門家等を利用するか |
すべての将来事象を契約締結時点で予測することはできません。 一方で、対象会社の事業計画や買収後の統合方針から想定される重要な事項については、あらかじめ取り扱いを検討しておく必要があります。
特に重要なのは、買手の通常の経営裁量を過度に制約することなく、売手の追加対価が買収後の経営判断によって不当に損なわれないようにすることです。
※実際の契約条項は、対象会社の事業特性、取引条件、買収後の運営方針等を踏まえ、M&A実務に精通した弁護士等の専門家と個別に検討する必要があります。
9. アーンアウトを使うべきか
アーンアウトを検討する際には、少なくとも次の3点を確認することが重要です。
- 価格差の原因となっている将来の成果を特定できるか
- その成果が実現したかどうかを客観的に測定できるか
- 買収後の経営判断とアーンアウト条件を両立できるか
これらを整理できない場合、価格差を調整するために導入したアーンアウトが、クロージング後の新たな紛争を生む可能性があります。
案件によっては、固定価格で合意する、分割払いとする、売手が一部株式を継続保有する、段階取得とするといった方法の方が適することもあります。
アーンアウトは、単なる価格の後払いではありません。 売手と買手で見方が異なる将来の成果について、その実現状況に応じて最終的な取得対価を決めるための価格設計です。
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オアース コーポレートアドバイザリー事業部では、M&Aの価格算定、価格交渉、アーンアウトを含む条件設計、DD、最終契約交渉、買収後のPMIを見据えた検討を支援します。売手・買手それぞれの立場から、取得価格だけでなく、将来の事業計画、追加投資、シナジー、経営権との関係を踏まえて条件を整理することが重要です。