子会社や海外拠点を持つ未上場会社のM&Aでは、親会社単体の決算書だけでは、買手が確認したいグループ全体の収益力や資産負債を十分に説明しきれないことがあります。
親会社単体の売上高、営業利益、EBITDA、経常利益だけを見ても、子会社を含めたグループ全体としてどの程度の収益力があるのか、どの会社に利益や損失が残っているのか、子会社にどの程度の資産・負債があるのかを把握しにくいことがあります。
メーカーの場合、海外に製造子会社、販売子会社、調達子会社などを持っているケースがあります。このような会社では、製品の流れ、商流、グループ内取引、在庫、外貨建て債権債務、決算期の違い、為替差損益などが絡みます。
そのため、M&Aを進める際には、単体決算だけではなく、グループ全体の業績・財政状態・キャッシュフローを、買手が検討できる形で整理することが重要になります。
決算書だけでは分かりにくい収益力の整理
本記事では、子会社・海外拠点を含むグループ業績の整理を扱います。製品別・顧客別に利益の源泉を確認する考え方は、 M&Aで問われる製品別・顧客別採算 でも整理しています。
買手が確認したいのは、グループ全体の収益力と資産負債
子会社を持つ未上場会社のM&Aで、買手がまず確認したいのは、グループ全体としてどの程度の事業規模があり、どの程度の利益を生み出しているのかという点です。
親会社単体では利益が出ていても、子会社に赤字や債務が残っている場合があります。反対に、親会社単体の利益は大きく見えなくても、海外販売子会社や製造子会社に利益が残っている場合もあります。
また、親会社と子会社の間で売上、仕入、ロイヤリティ、技術支援料、業務委託料、貸付金利息などの取引がある場合、各社単体の利益だけを見ても、グループ外部に対してどれだけ稼いでいるのかは分かりにくくなります。
M&Aにおいて重要なのは、グループ内で利益がどの会社に計上されているかだけではありません。買手は、グループ全体として外部顧客からどれだけ売上と利益を獲得し、どの程度の資産・負債を引き受けることになるのかを確認します。
- グループ全体の売上高、営業利益、EBITDA、経常利益はどの程度か
- 利益の中心は親会社、製造子会社、販売子会社のどこにあるか
- 赤字、債務超過、多額の借入金を抱える子会社がないか
- グループ全体の現預金、有利子負債、ネットデットはどの程度か
- 売掛金、在庫、買掛金などの運転資本はどの会社に残っているか
- 親子会社間の取引や債権債務はどの程度あるか
- 海外子会社や外貨建て取引により、為替差損益がどの程度発生しているか
- 子会社の業績は一時的なものか、継続的なものか
正式な連結財務諸表がない場合でも、これらの点について一定の説明ができる状態にしておくことが、買手の初期検討、デューデリジェンス、価格交渉を進めるうえで重要になります。
未上場会社では、連結決算書がないことも珍しくない
未上場会社では、上場会社のような連結財務諸表が整備されていないことも少なくありません。
税務申告、金融機関対応、社内管理が各社単体の決算書を中心に行われている場合、グループ全体の財務三表を毎期作成していないケースがあります。
このこと自体は、未上場会社では珍しいことではありません。子会社があっても、単体決算を中心に経営管理が行われており、グループ全体の損益、貸借対照表、キャッシュフローが一つの資料として整理されていないことはあります。
一方で、M&Aの買手は、税務申告や金融機関対応で確認される単体決算だけでなく、買収後に引き受ける対象会社グループ全体の収益力、資産、負債、資金繰り、リスクを確認しようとします。
そのため、連結決算書がない場合でも、M&A検討用の参考情報として、グループ全体の業績・資産負債・主要な調整項目を整理する必要が出てきます。
ここで重要なのは、会計上の正式な連結財務諸表を作成することと、M&A検討用にグループ業績を整理することを分けて考えることです。
正式な連結財務諸表を作成する場合には、連結範囲、会計方針、決算期の統一、為替換算、未実現利益の消去、税効果など、専門的な検討が必要になります。
一方、M&Aの初期検討や買手への説明では、まずは対象会社グループの全体像を理解できるよう、各社別の業績、資産負債、グループ内取引、主要な調整項目を整理することが現実的な出発点になります。
買手が上場会社の場合、買収後の連結対応も論点になる
買手が上場会社や上場会社グループである場合には、買収後に対象会社グループを自社の連結決算に取り込むことも重要な検討事項になります。
買手から見ると、M&Aの検討段階では企業価値やシナジーを確認するだけでなく、買収後に対象会社グループの数字をどのように自社の連結決算へ取り込むのかも考える必要があります。
たとえば、対象会社に海外子会社がある場合、子会社ごとの決算期、会計方針、勘定科目、使用通貨、月次決算の精度、グループ内取引の管理状況、為替換算の前提などが確認されます。
- 親会社と子会社の決算期
- 各社の会計方針や勘定科目体系
- 月次決算・四半期決算の締め日程
- 海外子会社の報告資料の形式
- グループ内取引と債権債務の照合状況
- 使用通貨と円換算レートの考え方
- 監査対応に必要な資料の整備状況
- 買収後に買手側の連結パッケージへ対応できる体制
対象会社側にとっては、これらは日常的な経営管理では必ずしも意識されていない論点かもしれません。しかし、買手が上場会社の場合には、買収後の経理・決算・監査対応に直結します。
したがって、M&Aの検討段階で連結情報や子会社情報が整理されていないと、買手は買収後の実務負担を慎重に見積もることになります。場合によっては、その負担が価格、条件、クロージングまでのスケジュールに影響することもあります。
まず整理すべきは、各社別の業績と資産負債
子会社を持つ未上場会社がM&Aを検討する場合、最初に必要になるのは、各社別の業績と資産負債の整理です。
いきなり精緻な連結決算書を作ろうとするのではなく、親会社と子会社それぞれについて、売上高、営業利益、EBITDA、経常利益、当期純利益、現預金、借入金、純資産、運転資本などを並べて確認することが出発点になります。
この段階で、グループ全体の収益力、利益の所在、借入や債務の所在、資金の偏り、赤字子会社の有無などが見えてきます。
- 売上高、売上総利益、営業利益、EBITDA、経常利益
- 当期純利益、繰越利益剰余金、純資産
- 現預金、有利子負債、ネットデット
- 売掛金、棚卸資産、買掛金などの運転資本
- 固定資産、設備投資、減価償却費
- 役員借入金、関係会社貸付金、関係会社未収入金
- 保証、担保提供、リース債務、偶発債務
買手にとっては、親会社単体の決算書だけではなく、子会社を含めた全体像が分かることが重要です。
特に企業価値評価では、対象となる利益やEBITDAが単体ベースなのか、グループベースなのかによって評価の前提が変わります。また、株式価値を検討する際には、親会社単体の借入金だけでなく、子会社を含めた有利子負債や現預金も重要になります。
この点は、マルチプル法による価格感の検討とも関係します。EBITDA倍率を使う場合でも、どの範囲のEBITDAを使っているのか、どの範囲のネットデットを控除するのかが曖昧だと、買手と売手の価格目線がずれやすくなります。マルチプル法の基本的な考え方は、 類似会社比較法とは?マルチプル法の考え方と使い方 でも整理しています。
グループ内取引は、買手が特に確認したいポイント
子会社を持つ会社では、親会社と子会社の間でさまざまな取引が発生しています。
メーカーであれば、親会社が海外販売子会社に製品を販売している、海外製造子会社から部品や製品を仕入れている、親会社が海外子会社に技術支援料やロイヤリティを請求している、といったケースがあります。
また、資金面では、親会社から子会社への貸付金、立替金、未収入金、未払金、保証、担保提供などが存在することもあります。
これらの取引は、各社単体の決算書では売上、仕入、債権、債務として表示されます。しかし、グループ全体で見れば内部取引にすぎないものもあります。
買手が知りたいのは、グループ外部に対する実際の売上、利益、債権債務です。そのため、M&A検討用の資料では、少なくとも主要なグループ内取引を把握しておく必要があります。
- 親子会社間の売上・仕入
- グループ内の未収入金・未払金
- 親会社から子会社への貸付金
- 子会社の借入に対する親会社保証
- グループ内の在庫取引
- ロイヤリティ、技術支援料、業務委託料
- 海外子会社との外貨建て取引
- 未実現利益が含まれる可能性のある在庫
海外子会社との間で棚卸資産取引、ロイヤリティ、技術支援料、業務委託料などが継続的に発生している場合には、移転価格税制も税務デューデリジェンスで確認されることがあります。
本記事では移転価格税制の詳細には立ち入りませんが、取引価格の決め方、契約書の有無、価格設定の根拠、親子会社間の役割分担は、海外子会社を持つ会社のM&Aで論点になり得ます。
海外子会社があるメーカーでは、決算期と為替の影響も整理する
海外に製造子会社や販売子会社を持つメーカーでは、グループ業績の整理がさらに複雑になることがあります。
一つは、決算期の違いです。日本の親会社は3月決算である一方、海外子会社は12月決算であるというケースがあります。この場合、各社の直近決算書を単純に並べるだけでは、同じ期間の業績を比較していることになりません。
買手は、対象会社グループの直近業績や足元の収益力を確認しようとします。そのため、親会社と子会社の対象期間がずれている場合には、どの期間の損益を使っているのか、どの時点の貸借対照表を見ているのかを明確にする必要があります。
もう一つの重要な論点が、為替の影響です。
海外子会社の現地通貨建ての売上・費用・資産・負債を円換算すると、円安や円高によって、グループ全体の売上高や営業利益の見え方が変わることがあります。
また、外貨建ての売掛金、買掛金、貸付金、借入金、未収入金、未払金がある場合、為替差損益が発生することがあります。これらは営業外損益として経常利益に影響することが多く、期によって差益と差損が逆方向に出ることもあります。
そのため、営業利益では大きく変化していないように見えても、経常利益では為替差損益の影響により大きく増減する場合があります。反対に、経常利益が大きく伸びていても、その一部が一時的な為替差益によるものであれば、買手は本業の収益力とは分けて見ようとします。
- 海外子会社の決算期
- 海外子会社の事業上の役割
- 使用通貨
- 円換算に使用した為替レート
- 外貨建て債権債務の残高
- 為替差損益の発生要因
- 為替差損益を除いた場合の経常利益
- 営業利益と経常利益の差異要因
- 為替影響が一時的なものか、毎期発生しやすい構造的なものか
為替差益が出ているからといって、必ずしも本業の収益力が高まっているとは限りません。反対に、為替差損が出ているからといって、本業の収益力が低下しているとは限りません。
重要なのは、為替差損益を良い・悪いで単純に判断することではなく、本業の収益力と為替による変動を切り分けて説明できる状態にすることです。
価格交渉では、グループベースの正常収益力が問われる
グループ業績を整理しておくことは、買手に対象会社グループの全体像を理解してもらうためだけでなく、価格目線の形成にも関係します。
買手が企業価値を検討する際には、親会社単体の利益だけでなく、子会社を含めたグループ全体の正常収益力が重要になります。
たとえば、EBITDA倍率や営業利益倍率を用いる場合、対象となる利益が親会社単体ベースなのか、子会社を含むグループベースなのかによって評価の前提は変わります。
また、子会社に借入金、リース債務、保証債務などがある場合、株式価値の算定において考慮される可能性があります。親会社単体では借入金が少なく見えていても、海外子会社に有利子負債がある場合には、グループ全体でのネットデットを確認する必要があります。
海外子会社がある場合には、為替差損益によって経常利益が大きく変動していることもあります。この場合、買手は一時的な為替差益を将来の収益力として評価しない可能性があります。反対に、一時的な為替差損により利益が下振れしている場合には、その影響を適切に説明することで、本業の収益力を理解してもらいやすくなります。
さらに、ロックドボックス方式や価格調整方式を検討する場合には、基準日時点の現預金、有利子負債、運転資本、グループ内債権債務などが条件交渉に影響します。価格調整やロックドボックスの基本的な考え方は、 ロックドボックス方式とは?価格調整方式との違い でも整理しています。
つまり、グループ業績、子会社の資産負債、グループ内取引、為替影響を整理しておくことは、買手への説明だけでなく、価格目線の形成や最終条件交渉にも関係します。
M&A検討用に準備しておきたい資料
子会社や海外拠点を持つ未上場会社がM&Aを検討する場合、次のような資料を早めに整理しておくと、買手への説明が進めやすくなります。
- グループ会社一覧
- 資本関係図
- 各社の事業内容
- 各社の拠点、従業員、主要機能
- 子会社別の主要顧客・主要仕入先
- 各社の直近3期から5期の決算書
- 各社の直近試算表
- 各社別の売上高、営業利益、EBITDA、経常利益の推移
- 各社別の現預金、借入金、純資産、運転資本の推移
- グループ全体の概算損益・概算貸借対照表
- グループ内取引一覧
- グループ内債権債務一覧
- 親会社保証・担保提供の一覧
- 海外子会社の決算期、通貨、使用レート
- 外貨建て債権債務の残高
- 為替差損益の発生要因
- 営業利益と経常利益の差異要因
- 親子会社間の外貨建て取引の内容
- ロイヤリティ、技術支援料、業務委託料などの契約書
これらの資料が整理されていると、買手は対象会社グループの全体像を理解しやすくなります。
また、デューデリジェンスでの追加質問も整理しやすくなり、売手側の説明負担も軽減されます。買手から見ても、子会社を含めた実態が早い段階で把握できることは、検討を進めるうえで重要な材料になります。
正式な連結財務諸表ではなく、参考情報として整理する場合もある
未上場会社のM&Aでは、必ずしも最初から正式な連結財務諸表を作成する必要があるとは限りません。
もちろん、会計上の連結財務諸表を作成する場合には、会計士や税理士などの専門家による検討が必要です。連結範囲、会計方針、決算期の統一、為替換算、未実現利益の消去、税効果など、専門的な判断が必要になるためです。
一方で、M&Aの初期検討や買手への説明では、まずは参考情報として、グループ全体の業績・財政状態を整理することが有用です。
たとえば、各社単体の損益計算書と貸借対照表を並べ、主要なグループ内取引、子会社別の利益、借入金、現預金、為替差損益などを整理するだけでも、買手にとっては重要な情報になります。
この場合に大切なのは、資料の位置づけを明確にすることです。
会計上の正式な連結財務諸表なのか、M&A検討用の参考資料なのかを曖昧にしないことが重要です。参考資料として作成する場合には、作成範囲、作成前提、調整した項目、未検証の事項を分かりやすく示す必要があります。
子会社売却やカーブアウトの場合には、売却対象範囲の整理も重要になります。売却対象の切り出し方、TSA、Day1対応などの全体像は、 事業売却・カーブアウト実務ガイド でも整理しています。
まとめ
子会社や海外拠点を持つ未上場会社のM&Aでは、単体決算だけでは買手が確認したい情報を十分に説明しきれないことがあります。
買手が確認したいのは、親会社単体の利益だけではなく、対象会社グループ全体としての収益力、財政状態、キャッシュフローです。
特にメーカーでは、海外の製造子会社や販売子会社を持っているケースがあり、グループ内取引、在庫、外貨建て債権債務、決算期の違い、為替差損益などが絡むことで、業績の見え方が複雑になることがあります。
また、買手が上場会社や上場会社グループである場合には、買収後に対象会社グループを自社の連結決算に取り込む実務も意識されます。連結情報や子会社情報が整理されていない場合、買手は買収後の経理・決算・監査対応の負担を慎重に見積もることになります。
正式な連結財務諸表がない場合でも、M&A検討用の参考情報として、各社別の業績・資産負債、グループ内取引、海外子会社の状況、為替影響を整理しておくことには大きな意味があります。
重要なのは、単体決算の数字をそのまま説明するのではなく、買手が知りたいグループ全体の実態を、前提と限界を明らかにしたうえで分かりやすく示すことです。
子会社や海外拠点を持つ会社のM&Aでは、早い段階でグループ業績を整理しておくことで、買手への説明、デューデリジェンス、企業価値評価、価格交渉を進めやすくなります。
子会社・海外拠点を持つ会社のM&Aのご相談
単体決算だけでは説明しにくいグループ業績も、初期段階から整理できます。
子会社や海外拠点を持つ未上場会社のM&Aでは、グループ全体の収益力、資産負債、グループ内取引、為替差損益、買収後の連結対応まで見据えた資料整理が重要です。売却するかどうかが固まっていない段階でも、買手が確認する論点を踏まえて、必要な準備を整理できます。
監修・更新ポリシー
- 実務で頻出する論点を、意思決定に役立つ形で整理しています。
- 制度・用語・手続に関する記載は、必要に応じて公的資料等で再確認のうえ更新します。
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